山とか酒とか

登山やお酒を始めとした趣味全般を雑多に、また個人的に有用だと思った情報を紹介しています。

山とか酒とか

北近畿登山旅行1日目 往路、丹後への移動と日本酒調達

移動日である初日は翌日の大江山連峰の登山に向けて移動に徹した一日でした。

殆ど電車に座りっぱなしでしたが途中、山陰本線和知にて下車し駅近くの長老酒蔵にて山に担いでいく用のお酒の調達。それ以外にも大垣の駅前にある寿司屋でバッテラを買い込んだり、彩り豊かな京都のおばんざいを模した駅弁に舌鼓を売ったりと、グルメ的な楽しみも少なからずありました。

他の日程を見たい方は以下の記事よりリンクを辿って下さい。

【2022年4月】北近畿登山旅行 - 山とか酒とか

目次

【移動】西への旅路

旅の始まりは東京駅から。西の方に出掛ける際、個人的には中央線経由でのんびり運ばれていくのが好みなのですが、今回は若干旅程がタイトなので1時間早まる東海道線経由で目指します……始発の沼津行きは5:20と首都圏の電車にしては遅く、発車時点で既にそこそこの混み様。

今回利用する青春18きっぷです。3月中、越後湯沢へスキーに出掛けた事で既に2回使用しており残りは3回分のみ。旅程は7日間ですが、日数の半分以上は山の中に居る予定なので十分賄える算段。

幾つかの乗り換えを挟み豊橋駅。なんだか似たような顔の電車ばかりが並んでいる。

濃尾平野を突き進み木曽川を渡る頃、車窓から白く雪を被った山が見えました。方角的に越美山地能郷白山かなと思われます。前々から気になっている山ではありますが、流石に車じゃないと厳しそう。

桜の花に彩られた岐阜駅南の清水緑地。季節柄、色々な所で花見を楽しめた旅行でもありました。

鈍行で旅する人間にはお馴染み、大垣駅にて乗り換えです。今回は接続が悪く少し時間があったので一旦駅の外へ。

東京から延々座りっぱなしでいい加減お尻が痛くなったので、駅前の商店街を少しばかり散策。車社会の中京圏ですが、流石は岐阜県下第二の都市という事もあってそれなりに人気がある。

商店街を少し歩いた所に押し寿司を扱う店を発見。ワゴンの上には幾つかあり、どれも手頃な価格。ミニちらしの方も気になりましたが今回はバッテラを一本、昼食用に購入しました……が、やはりお酒に合わせたいという事で後々の日本酒調達まで封印しておく事に。

大垣は何度も歩いているつもりですが、こんなお店が駅前にあるとは初めて知った。

大垣からは米原に抜ける途中、この区間を通る際は車窓越しに伊吹山を一瞥するのが恒例ですが、この日は雲が蟠っていました。

米原駅以降はJR西日本の管轄となります。空気、匂い、人の感じ……東の方から進んできて初めて関西っぽいなーと思う場所でもある。

京都駅に到着すると真緑の電車が停まっていました。この電車が停まる京都駅0番線のホームは日本一長く全長558mとの事。

京都の街も久しく歩いていないので、乗り換えの合間にわざわざ改札を抜けて駅前の京都タワーに挨拶。

2年にも及ぶコロナ騒動も次第に落ち着き始めてきた頃ですが、外国人観光客は未だ見受けられず修学旅行生の姿も季節柄に因るものか少ない。京都駅と言えばそうした観光客で四六時中混雑している印象を持っていましたが……この状況を見るに、まだ平時とは言い難いようですね。

駅ビルと改札口の様子。一見すると近代的な駅ですが、改札を抜けた所にホームが続いているという昔ながら構造。そのホームが先程の日本最長の0番ホームです。

これから乗車する山陰本線のホームへと向かいます。こちらは駅の外れのような所に位置しており、どこか隅に追いやられている印象を受ける……しかし京都を起点に下関(正確には一つ手前の幡生)まで673.8km続くJRの路線においては最長の在来線。その始まりの地と考えると、この簡素な車止めにも旅情のようなものが感じられる。

乗車する快速列車が滑り込んできました。長大ローカル線というイメージの強い山陰本線ですが、起点の京都近辺は通勤通学路線という様相で本数も豊富。

京都駅で購入した駅弁。中身は夜(次回記事)に紹介。流石は京都というべきか、駅弁にしても凝った感じのものが多かった。

山陰本線園部を過ぎると単線となり一転してローカル線じみてくる。途中駅では列車同士の離合で長時間停車する事もしばしば……こちらは日吉駅で特急の通過待ち。

胡麻駅で交換待ちの普通電車。何の変哲もない小駅ですが、太平洋側と日本海側とを隔てる中央分水界(中央分水嶺)がこの付近に存在する地形上重要な場所だったりします……中央分水界としては隣の兵庫県にある石生の水分れに次ぐ日本で2番目に低い場所とされている。

駅名でもある胡麻という地名の方も興味が唆られますが、胡麻護摩といった由来ではなく、子馬を指すコマ(駒)から取られているらしいです。

その次の下山駅で再び交換待ち。両面のホームには桜が植えられていました。

和知散歩 長老酒造とイボ水宮

今回の旅においての最初の目的地である和知にて下車。この駅でも列車の交換が行なわれるようで、対向から立派な桜の木越しに普通列車が入線してくる。

改札を抜けて町中へ……特急も止まらないような小駅ですが駅員の姿がありました。

和知は現在では京丹波町という自治体に属していますが、平成の大合併以前は和知町という独立した自治体で、この駅前一帯は付近はその中心とも言える集落でした。

かつての町の中心には違いないですが、家並みは由良川が蛇行した所に生まれた僅かな平地に広がっている。奥行きはなく、すぐ先に山の緑が迫っています。

県道に広がる和知の町並み。この道路は古くからの道ではなく家々が道に面していない。

和知の町としての成り立ちは中世に遡り、京都の仁和寺の荘園である和知荘の中心地として整備を受けた事が発祥。そのかつての荘園の名残として、字名に本庄(荘園の中心)という地名がそのまま残されています。

駅の東側には由良川を跨ぐ山陰本線の橋梁があります。レンガ造りの如何にも古そうな橋台は明治43年の開通当時のものでしょうか。

橋の下を潜った先に、今回の酒蔵巡り一軒目となる長老酒造があります。首都圏を始め大都市圏には殆ど卸していない銘柄でしょう、名前を聞くのも初めてのお酒……楽しみ。

酒蔵の建物は間口が狭く一見すると普通の民家のようにも見えますが奥行きが長い。酒造設備は建物の裏手の方にあるようです。

扱う日本酒のラインナップは昔ながらの酒造らしく、ほぼ常温酒オンリー。こういったトラディショナルな地酒は中々首都圏では出回ってくれないので貴重な機会。やはりというべきか試飲は不可能でした。

買っていくお酒は何にするべきか悩みましたが、恐らくフラッグシップと思われる純米吟醸酒『丹』という銘柄を購入。使用米は地場産米である京丹波産五百万石、仕込み水に京丹波の水(長老ヶ岳の湧水)、京丹波杜氏によって作られた京丹波尽くし、テロワールと言っても差し支えないようなお酒でした。

銘柄となった長老の由来は町の北西部にある長老ヶ岳に因んだもので、古くは密教寺院が数多く立ち並ぶ修験道の聖地として栄えていたらしいです。しかし平安期に焼き討ちに遭い、和知を始めとした麓の集落に移されたという。

お酒の調達後、少し時間が余ったので周囲を散策。山間部ですが山々は低く明るい印象の集落でした。

駅の裏手は河岸段丘となっており、ぽつぽつと間隔を開けて農家が散在する様は如何にも山村といった風情。殆どがトタンに覆われていますが、茅葺屋根の大きな農家も幾つか残る。

段丘の上からの展望。正面の山陰本線の橋梁の手前に見えるのが先程立ち寄った長老酒造の建物。奥の山間から伸びてきた線路はそのまま右の和知駅の構内に向かって続いています。

こちらは反対側となる西方面の展望。この付近の由良川は大きく蛇行しており、その合間の平地に集落や田畑が設けられている。左側に見えるのは福知山方面に続く山陰本線の橋梁。古くからのトラス橋で電車が通る度に辺りに大きな音を響かせる。

少し先に進むとイボ水宮という湧水を発見。御神水として祀られていて、イボが治るご利益があるという……しかし蓋を開けて覗いてみると淀んでいました。湧出量が減ってしまったのでしょうか。

イボ水宮に隣接した所にある阿上三所神社。かつての和知荘の鎮守として整備された神社のようです。

阿上三所神社という名称の神社は和知に4つありますが、荘園内の中心地となる本庄地区にあるこの神社が総社とされており、字名を冠して本庄阿上三所神社と他とは区別されている。

石段の先に境内が続いており、その中央に舞殿(神楽殿)、奥の一段高い所に拝殿という並び。

拝殿と境内の様子……拝殿は本殿と一体化したような構造に見えます。鬱蒼とした森の中、静かな雰囲気の神社でした。

神社の参道にもイボ水宮の案内看板が設けられていました。イボに水を掛け、神社にお礼参りをして柄杓を奉納するという参拝方法が形式化していたようです。

一通り散策を終えて和知駅に戻ってくると、到着する列車に合わせてか何台ものコミュニティバスが集まっていました。車種がものの見事にバラバラなのが寄せ集め感あって良いですね。

ホームに滑り込んできた福知山行きの電車に乗り込みます。2両という短編成ですが、帰宅時間帯という事もあって割と混雑していました。

【移動】福知山から登山口まで

終点の福知山に到着。鉄道的には3路線4方面が分岐する要衝で、普通列車はすべてこの駅を始終着としている。故に鈍行旅では必然的に乗り換えが生じる駅でもあります。

丹波国北部、中丹地方の中心都市である福知山の市街は安土桃山時代明智光秀によって築城された福知山城の城下町と整備された事が原型で、城はその後の幕藩時代も福知山藩の居城として明治の廃藩置県まで利用された……近世以来の歴史が息づくような街ですが、既に何度か散策しているので今回は乗り換えのみ。

第三セクター鉄道である京都丹後鉄道の宮福線に乗車して日本海方面を目指します。個人的には過去の北近畿タンゴ鉄道の名称の方が馴染み深いんですけど、名前以外は特に変わりない感じ。使用されている電車も旧態依然とした国鉄型の車両でした。

目的地までの乗車時間は短いですが、車内にて少し早めの夕食としました……ここで大垣で購入したバッテラと、先程和知長老酒造で調達した日本酒『丹』を口切り。バッテラはよく締まっておりつまみとしては上場、ボリュームも500円を切る価格の割には豊富です。

気になる日本酒の味ですが、甘辛は中庸からやや辛口寄りで、ザラッとした独特の風味が舌に張り付く。かと言って野暮ったいという訳ではなく、むしろ洗練されているように感じる。燗したら映えそうなタイプですが、そのままでも美味しく飲めちゃう……そんなお酒でした。

途中の牧駅にて列車交換。宮福線は昭和の終わりの開業と比較的新しい路線で、これまで揺られてきた歴史深い山陰本線とはまた違った雰囲気。途中駅のホームの作りもどことなく簡素で、必要最低限といった印象。

新しい路線に古びた電車というミスマッチ感が良い。

反対側から入ってきたオタマジャクシみたいな形の特急列車。丹後の中心都市である宮津日本三景天橋立へのアクセスを担う路線という事もあり、特急列車も幾つか走っている。

翌日登る大江山連峰のアクセス駅の一つとなる大江山口内宮駅。当初はこの駅から鍋塚方面に歩き始める予定でしたが、舗装路歩きが長くて気が滅入りそうなので辛皮駅から普甲峠に向かうコースとなりました。

大江山口内宮駅にて普通列車同士の列車交換。宮福線は架線が張られた電化路線ですが、普通列車に関しては殆どが気動車が用いられるらしく、今回乗車した電車は一日二往復のみとレアな運用らしいです。

車内の様子。福知山を出発した直後は学生で賑わっていましたが、次第に空いていき、大江を過ぎた頃には乗客の姿は皆無となりました。

日没を迎え陰影も深まってきた頃、今回の大江山連峰登山の開始地点となる辛皮駅にて下車。宮津に向けて走り去っていく緑色の電車を降り立ったホームで見送る。

辛皮駅はホーム一本の簡素な作りの無人駅。駅の周囲の人家も疎らで、電車が走り去って行った後は人の気配というものが感じられない……というものの完全な静寂という訳ではなく、近くを高速道路が通過しているので車の音が頻繁に聞こえてくる。

wikipediaに一日の利用者数3人とか書かれていた割にはそこそこ充実した観光案内が掲げられていました。観光客の利用はそれなりにあるのでしょうか、ぶらり途中下車しても途方に暮れずに済みますね。

ちなみに、これから向かう普甲峠は地図上の寺屋敷地区から道なりに先に進んだ場所にあります。

待合室には京都丹後鉄道とコラボしているという艦これのキャラのポスターが貼られていました。この地域を流れる由良川から名付けられた軽巡洋艦の由良をモチーフとしたもの。軽巡洋艦は他に天龍、球磨、長良と、どれも日本の河川から名付けられています。

そういえば昔、twitterのフォロワーで艦これ好きな人居たなーとか思ったりして懐かしんでました。

既に遅い時分ですが辛皮駅から歩き始めます。この日はもう少しだけ続きますが、以降は登山の範疇という事で次回に纏めました。

次回記事『2日目 大江山連峰縦走』に続く