
2025年12月、千葉県の房総半島、久留里線沿線の酒蔵や城跡などを巡ってきました。翌年の正月酒の調達という名目でしたが、淡々と酒蔵を巡るだけでは面白くないので、久留里城や佐貫城などの城跡巡り、廃止が予定されている久留里線の久留里駅~上総亀山駅の乗車など、観光的な要素もテーマとして盛り込んだ小旅行となりました。
普段は日帰りの旅行程度では記事にはしませんが、登山記事ばかりというのも飽きてくるので気分転換的に……。
目次
旅行記
久留里線の旅 木更津駅~上総亀山駅

人気のない早朝の東京駅の地下ホームから総武本線で千葉方面へ。記事にはしてませんが、千葉方面はちょっとした日帰り旅行や買い物等で足を運ぶ機会が多く、ちょっと前に佐原、銚子方面に行ったばかりだったり……。


内房線の木更津駅にて、今回の小旅行のテーマの一つである久留里線へ乗り換え。12月の中下旬と一年で最も日が短い時期でしたが、駅に着いた頃には空も明るくなってました。


乗車予定の列車まで多少時間があったので駅前を散策。木更津の町は10年以上前に歩いた事があったのですが、なんか印象が違って妙にすっきりした感じが……調べてみると昨年駅前のアーケードが撤去されたとかで。
以前来た時も半分シャッター街化していたり、駅前のそごう跡のビルが空きテナントだらけだったりと既に寂れた感がありましたが……10年ぶりに訪れてみるとその寂れ方に拍車が掛かっていて、もはや駅前商店街とは言えないような町並みに。

そのまま駅前通りを歩いていたら木更津港に突き当たりました。三匹のたぬき像は市内の證誠寺に伝わる伝説『證誠寺の狸囃子』に因んだもの。たぬき像はこれ以外にも木更津駅の駅前などにもあります。
木更津港の港内の眺め。奥に見える赤い橋は、潮干狩りの名所である中の島をつなぐ中の島大橋。


駅までの帰り道で立ち寄った八剱八幡神社。海上交通の要衝である木更津の総鎮守として古くから信仰を集めている神社で、八剱というのは木更津を含めた周辺地域の古来からの呼び名との事。
ちなみにですが、現在の木更津の地名はこの神社の祭神である日本武尊の伝説から由来しており、東国遠征を命じられた日本武尊がこの地に上陸した際、入水した后を偲んで去らなかったという話に因んで『君不去(きみさらづ)、もしくは君不去津』と呼ばれ、それが木更津(きさらづ)に転化したものと伝わってます。(隣市の君津も同様の伝説からの由来とされる)


木更津駅に戻ると、ホームには乗車予定の久留里線の気動車が既に入線していました。日中は1両か2両の路線ですが、通勤通学の時間帯の為か3両と長めです。
久留里線には10年以上前(先程の木更津を歩いたタイミング)、古い国鉄型気動車が引退するという頃に1度か2度乗った事があり、それ以来になるのでかなり久しぶり……既に鉄道趣味からは足を洗って久しいので、移動手段として鉄道を利用する事はあっても、目的地から外れている事が多い盲腸線やローカル線に乗る機会はあまり無いんですよね。


久留里線に乗車して1時間弱、この線区の中心駅である久留里駅にて列車交換。乗客はこの駅付近の高校に通う学生さんが大半だったので、満員状態だった車内は一転して疎らに……ちなみに、この久留里駅から先の区間(久留里~上総亀山間)は廃止&バス転換の方針が進められています。

車内に掲げられた観光客向けの沿線案内。部分廃止された場合は久留里が終端になってしまうんだなーと思いながら眺めてました。そうなるとこの案内図も一新するのか、それとも取っ払ってしまうだけなのか。(極端に合理化を進めているJR東日本の姿勢から見るに後者な気が)


久留里線の終点の上総亀山駅に到着。幅の狭い島式ホームが一本あるのみで、駅舎とは構内踏切で繋がっています。
構内には複数線路が敷かれていますが、現在使用している物はホームの片側に面している一本のみで他の線路は分岐の部分から外されているので、実施的な構造としてはシンプルな棒線駅。構内踏切で跨ぐ線路も本線とは接続していないので列車が入る事はありません。

ホーム上から久留里線の終端部を眺めた所。3線ある内の中央が現在も使用している本線、左が島式ホームのもう片方に面した線路(棒線化される2012年まで使用)、右側が機回し線として使用されていたと思われる側線。無煙化前はC11等のSLが運行されていたらしいので、機関車の付替えが必要だった終着駅ではこうした設備も必要だったのでしょう。


上総亀山駅の駅舎。昭和11年の開業当時のものと思われるシンプルな木造駅舎です。


駅舎の入口から駅舎内。以前来た時は駅員の姿もあった気がしますが、棒線化されたタイミングで無人化されてしまったようです。駅舎内に掲げられた『また来てね』の文字が侘しげ。

駅舎内に掲示された路線図。都心から結構近い所にあります。

駅から少し離れて線路終端部の車止めの方まで移動。構内には乗ってきた気動車が止まっているのが見えます。

望遠で撮影したもの。
最後に上総亀山駅の構内のパノラマ。正面に見えるホームに面していない線路が機回し線です。古くからの終着駅らしい広々とした構内でした。


こちらは10年以上前に訪れた時の上総亀山駅。駅舎そのものは看板が少し変わった程度でしょうか。この頃には窓口に駅員の姿もありました。
右の写真はホームに停車する国鉄型の気動車(キハ37)、こちらは岡山の水島臨海鉄道に譲渡されて今でも走っているそうです。
平山駅から森酒造店(飛鶴)


上総亀山駅から折り返して2駅目の平山駅で下車します。今回の酒蔵巡りの1軒目である森酒造店はこちらの駅から徒歩でアプローチ。

久留里方面へ走り去っていく気動車。


下車した平山駅のホーム。こちらの駅も部分廃止区間に含まれているので廃駅となる予定。この時は年末という事もあってか、地元の方と思しき人々が大勢集まって大掃除していました。


駅から西方向にある大原神社の鳥居と拝殿。平山駅から西に進むと、刈られた田んぼの中に大きな鳥居がぽつんと立っているのが気になったので立ち寄ってみる事に。参道は田んぼに囲まれた小さな森へと続いており、その中に大原神社の社殿があります。

大原神社の参道越しの拝殿。古来より亀山郷(先程行った上総亀山を含む小櫃川上流域)の鎮守とされた神社らしく規模は大きい。

境内に咲いていた椿の花。


大原神社から更に北西方面へ進みます。周囲には人家は少なく田んぼが広がる。
途中で越えた小櫃川。千葉県というか房総半島は大きな山や川が少ないイメージ持ってますが、こちらは割と幅の広い山間の川といった雰囲気。調べてみると、県内では利根川に次ぐ2番目に長い川との事。

途中から国道410号線の久留里馬来田バイパス上を歩く。ごく最近できたばかりの道路のようで、航空写真からこの辺りを調べた時まだ反映されていなかった。


バイパス沿いにあった【カズサの郷 愛彩畑】という産直的な施設。家族から野菜も頼まれていたので幾つか購入。

更に北上して愛宕神社へと続く道の方面に進むと、目当てである森酒造場の銘柄、飛鶴の看板が見えてきました。

道路に立つ案内看板。情報が少ない酒蔵なので小売りしているか不安でしたが、この看板の雰囲気であれば問題なく買えそうです。


先程の道を折れて、民家の敷地のような道を進むと飛鶴の銘柄を醸す森酒造場に到着。外観は如何にも昔ながらの酒蔵といった雰囲気で、奥に『小売致します』の看板を見つけて一安心。
こちらの森酒造場に関する情報ですが、千葉県内でも特に規模の小さい酒蔵として知る人ぞ知る所でして、その生産量は僅か100石(20石という話もあり)という話。100石だと一升瓶が1万本、20石で2000本(いずれも全ての銘柄の合計)という少なさで、故にメインの銘柄である飛鶴も地元の久留里を除いて殆ど出回らないお酒だったりします。
今は地酒と呼ばれるお酒でも、首都圏の酒販店向けに作っているような物も今では多く、それはそれで味が洗練されていて良いとは思う……のですが、こういう地酒らしい地酒もそれ故の良さがあるというのが自分としての考えで、旅先では優先的に立ち寄る事にしています。

『小売致します』の看板の横の入口を潜ると内部は倉庫のようになっていて、蔵元の方がラベル貼り作業をしていました。「表に小売してると書いてあったのですが」と尋ねると「そちらに」と、P箱が並べられた販売スペース的な所を案内される。昔はこういう販売スタイルの酒蔵も多かったなとちょっと懐かしく思ったり。(最近は小綺麗に陳列されている所が殆どですね)
写真にあるお酒はちょっとグレードが高い物ばかりですが、これ以外にも廉価な本醸造酒や普通酒等の扱いもありました。


下調べの段階から特に気になっていたのが、こちらの【飛鶴 しぼりたて 本醸造無濾過生原酒】。Xを始めとしたネット上には四合瓶の情報しか無く(というか飛鶴の情報自体ほぼ無い)、P箱に収まっているのも四合瓶だけだったので一升瓶の扱いは無いかなーと駄目元で訪ねてみた所、「冷蔵庫の方に一升瓶もありますよ」と、奥の倉庫から無地の一升瓶を持ってきて、その場でラベルを貼って売ってくれました……まさに手作りという感じでちょっと感動。
※今回購入した飛鶴は『【2025年版】心に残った日本酒を12銘柄、ランキング形式で選んでみた 』にて1位のお酒として紹介していますので、気になった方はこちらもどうぞ。


飛鶴の入手後は久留里の中心街に向けて歩を進めます。途中、緒方商事という味噌蔵があったのでこちらで田舎味噌を購入。酒飲みであれば、その土地に味噌があれば当然買うよね。

久留里線の線路を潜る少し前の所で先程越えた小櫃川を再び越える。
久留里城の観光


久留里線の線路を潜った所には正源寺という浄土宗の寺院があり、こちらは後に向かう久留里城の戦国期における城主であった里見氏の菩提寺であったとされています。
その一本先の通り(旧久留里街道)沿いが久留里の古くからの中心である久留里市場で、町並みは急に賑やかに……久留里は市場という名が示す通り古来より物資の集散地(市場町)として栄えた町で、これから向かう久留里城の城下町でもありました。
通り沿いは古い町並みという雰囲気はそこまで残っていませんが、古くからの町家と思われる建物がぽつぽつと残っています。

久留里は個人的には千葉県屈指の日本酒の町というイメージですが、うまい水の所にうまい酒あり言われるように銘水の町としても有名で、町内には水汲み場が幾つかあります。こちらはその中でも特に有名かつ人気な高澤の水。

高澤の水の案内看板と成分表示。今回巡った水汲み場にはどこも成分表示がきっちり掲示されてました。


久留里城方面に進んだ所には再び水汲み場があり、こちらは田丸家の井戸。見つける度に手で掬って味見していますが、それぞれ地下の水脈が違う為か味が違います。ここの水は先程の高澤の水よりクリアでさっぱりとした印象。


田丸家の井戸から少し先の所で久留里城の案内看板があり、それに従って進んでいく。

途中から山の方へ向かう道へ。久留里城は正面に見える山の尾根伝いにあります。


先程見えた尾根に沿って舗装路が敷かれており、そちらを本丸及び天守方面に歩いていく。ちなみにこの道とは別に尾根上を歩く山道もあり、途中には堀切跡といった遺構も幾つか。
舗装路を進んだ先が資料館のある二の丸跡。とりあえず先に天守のある本丸へ。

途中の男井戸・女井戸。覗き込んでみると澄んだ水を湛えていました。こんな尾根上に水が得られる井戸があるというのも不思議。
歩いてきた道を二の丸方面へ振り返ってみた所。登山という程ではないですが、山歩いてるって雰囲気の道です。

本丸に到着。天守閣が建ちますが、こちらは浜松城の天守を参考に昭和期に建てられた模擬天守という。
久留里城は室町時代に当時この地を治めていた上総武田氏によって築城され、その後安房国から上総国まで支配を広げつつあった里見氏の支配下となると、当時関東一円を手中に収めつつあった北条氏に対する防衛線として大々的に整備。江戸時代以降も久留里藩の藩庁として、幾つか藩主の変遷がありつつも明治の廃藩まで使用されました。

その天守閣は数年前の地震による損壊が確認されたらしく立入禁止でした。上からの展望はちょっと楽しみだったのですが。
本丸の片隅から天守と紅葉。史実とは関係のない建物ですが、こじんまりとした天守が立つ雰囲気は良さげです。

天守と紅葉。

本丸を囲う塀の瓦には、江戸中後期に城主であった黒田氏の家紋が象られていました。


二の丸に戻り久留里城趾資料館へ。入場は無料で、城の構造や歴史等の展示があります。各曲輪が細かく書かれた立体模型地図なんかもあるので、本丸に行く前に寄って予習した方が良かったかも。

こちらは資料館前にある新井白石の像。江戸中期、一介の旗本という身分でありながら6代目将軍の徳川家宣、7代目将軍の徳川家継の補佐として幕府を実質的に主導する立場まで登りつめた人物。父親である正済が久留里藩に仕えていた事から久留里と縁があり、当時の藩主であった土屋利直から可愛がられていたという。


二の丸に近接した所にある薬師曲輪。展望台的な所になっていて、麓の方にはかつての三の丸の範囲を一望できます。三の丸は後程向かう久留里神社から南側一帯にあたり、江戸時代以降は城としての中枢機能は専らこちらに移されていたという。(明治時代の古地図を見ると、城跡マークはこの三の丸の辺りにあります)
薬師曲輪からの展望のパノラマ。右に見えている建物が先程の資料館。久留里の中心市街地は中央右の山と平地との境目の所に細長く続く家並みの辺り。
帰りは往路で歩いた舗装路ではなく尾根伝いの山道を経由しました。道沿いには所々展望の良いポイントが。


麓の案内看板の所に戻り、そこから薬師曲輪からも見えた久留里神社へ。平安時代頃からこの地にある神社で、久留里城の歴代城主からの信仰も厚かったという。
久留里神社の境内。正面に見えるのが本殿で、現在はそちらに直接参拝する形。かつてはその前に拝殿があったものの2019年の台風で倒壊してしまい現在再建を模索しているようです。

こちらは久留里神社近くの水汲み場、雨城庵の井戸。雨城というのは久留里城の別名で、三の丸に隣接した立地なので城と何かしらの関係があるのでしょう。庵というからには茶室でもあったような感じですね。
久留里の酒蔵巡り 吉崎酒造(吉寿)と藤平酒造(福祝)


久留里の中心へ戻り酒蔵巡りの続きへ。2軒目に訪れたのは吉寿の銘柄を醸す吉崎酒造……遠目から見るとかなり規模の大きい酒蔵で、創業は江戸初期の寛永元年(1624年)で千葉県内では最古の酒造との事。
ちなみにですが、一本目の飛鶴と同様にこちらのお酒も県外では殆ど流通していない、地元消費が中心の地酒らしい地酒だったりします。久留里の市街地にある分、飛鶴と比べると買いやすいですが。


売店に入ると冷蔵ケースと常温酒の棚がそれぞれあります。こちらの酒造では【吉寿 しぼりたて 純米吟醸無濾過生原酒 夢かえる】、それに加えて燗酒用に【吉寿 本醸造】を購入しました。この記事の執筆時点では本醸造の方を開けていますが、これが芳醇な甘みで中々美味しい……。
冷蔵ケースにも見えますが、こちらの酒造では穴の空いていない竹にお酒を詰めた【ふしぎな竹酒】というものも目玉だそうです。

お酒の購入後、蔵元の方のすすめで敷地内に湧き出ている仕込み水を飲ませて頂きました。「手前味噌ですが、久留里の湧き水で一番美味しいと思います」と仰っていた通り、甘みが感じられてとても美味しかった。

遠目に見えた煙突が気になったのでそちらの写真も。


今回の酒蔵巡りで最後に訪れたのは吉崎酒造のすぐ近く、福祝の銘柄を醸す藤平酒造です。福祝は東京の有名所の酒販店でも取扱があったりと、久留里のお酒の中では割と知名度のある銘柄。自分も1度か2度飲んだ事があります。

店内はかなり広々としており、首都圏での販売も多い=生酒&冷蔵前提のお酒のラインナップも豊富という事で、冷蔵ケースが多めです。種類も迷ってしまうくらいありますが、こちらの酒蔵では有料での試飲が可能(1杯100円で3杯まで)なので、気になったものを飲み比べて決める事に。

藤平酒造での福祝の試飲風景。ちょうど数日前に新酒ができたばかりらしく、右の2本【福祝 純米ふな口直詰 しぼりたて生酒】、【福祝 純米吟醸 無濾過生原酒 初搾り彗星】がその新酒。左の【福祝 純米吟醸 山田錦50】は去年のBYであるものの、落ち着いた華やかさでこちらも中々の味でした。
例によって飲んだ上でも悩む訳ですが、最終的には蔵元限定という言葉に惹かれて右の純米ふな口直詰のしぼりたて生酒にしました。こちらも真ん中の純米吟醸と同様に酒米は彗星使用でしたが、味わいは結構違っていて飲み比べが楽しかった。


正月用のお酒調達というミッションを終えて久留里駅へと向かいます。途中の町並みも雰囲気あっていい感じ。


駅に向かう途中、駅前にある【生きた水・久留里 酒ミュージアム 】という施設に寄り道。こちらはその名の通り久留里の日本酒をテーマにした施設で、久留里近辺の日本酒の試飲や購入が可能。


酒ミュージアムの内部の様子。購入は可能ですが、四合瓶のみの取り扱いの上に種類が限られるので、色々な種類から選びたかったり、一升瓶で欲しい場合は近くにある酒造での購入が無難です。
ただ、最奥ではコイン式の試飲コーナーがあるのでこちらは楽しそう。特に久留里は試飲できる酒蔵が少ない(今回だと福祝の藤平酒造のみ)ので、ここで色々試してから各酒蔵に向かうというのが効率良いかなと思います。

施設内には各酒造の紹介ブースがそれぞれあります。その中にはこの日最初に立ち寄った飛鶴の森酒造場の物も……一升瓶も置いてあるので買えるのかと思いきや展示品との注意書きが。


その後立ち寄った、吉寿の吉崎酒造と福祝の藤平酒造のブース。これ以外には鹿野山(和蔵酒造貞元蔵※旧原本家)、聖泉(和蔵酒造竹岡蔵※旧池田酒店)、東魁盛(小泉酒造)、天乃原(須藤本家)、峯の精(宮崎酒造)があり、今回巡った3つと合わせて8銘柄の紹介があります。
同じ久留里の銘柄に絞ると天乃原、峯の精は今回は立ち寄れなかったので、また遅かれ早かれの久留里には行きたいなと思ってます。勿論、他の3銘柄もいずれは。(ただ和蔵酒造竹岡蔵を除いて公共交通でのアクセスが……)


久留里駅へ移動しました。線区の中心駅の割にはコンパクトな木造駅舎です。


駅舎内の様子。酒の町という事で、台の上には久留里の日本酒5銘柄が展示されていました……車だと先程の酒ミュージアムや藤平酒造での試飲も無理なので、お酒目当てだと敢えて鉄道でアクセスする方も多いのかな?


木更津行きの久留里線の気動車は既に入線していました。丁度、朝に乗り合わせた高校生の帰宅ラッシュに重なってしまったようで車内は結構な混雑。

反対側のホームには1両の上総亀山行きが停車していました。久留里から先の区間には今回が最後で、もう乗る事も行く事も無いだろうと思ってましたが、久留里の酒蔵巡りが思った以上に楽しかった&回りきれなかったので、次回来る頃にまだ廃線になってなければ。(けど廃線前の駆け込み組で混雑してるのはちょっと嫌かも……)
佐貫町散策 宮醤油店と佐貫城


久留里線で木更津駅へ戻る途中、横田駅で列車の交換待ち。その後、木更津駅から内房線で更に南下しますが、接続が非常に悪くて木更津&君津で合計1時間近い待ち……しかも乗り込んだ内房線の電車は2両のみでかなりの混雑。10年以上前に来た時はもっとゆったり旅できた気がしたのですが。


少し進み佐貫町駅で下車。家族からこの駅の近くにある宮醤油店の醤油とポン酢のリクエストがあったので、せっかく近くまで来たのでという事でついでに寄り道です。(とは言え久留里から若干距離ありましたが)
佐貫町駅も木造駅舎ですが、幹線の駅である分、久留里線の久留里とか上総亀山とかと比べると規模は大きめ。


佐貫町駅から駅前通りを東にまっすぐ進んでいく。佐貫町は東西に細長く延びた町で、その家並みの中を歩いていく。


宮醤油店の外観。家族がこちらの醤油がお気に入りで実際に足を運んだ事もあるのですが、自分に関しては今回が初訪問。駐車場の横には大きな木樽が置かれており醤油蔵らしい雰囲気。


店内に並べられた様々な種類の醤油。家族からの前情報では店員のおばちゃんが若干気難しいという話でしたが、「以前家族が購入して以来気に入っているんですよ~」という入りで和やかムードに。どの醤油はどういう用途がおすすめとか色々説明して頂き、購入したのは刺身醤油とポン酢ほか他の人へのお土産を幾つか。
これから佐貫城へ行くと伝えると、荷物を置いていってもいいよと言われる……ザックには日本酒の一升瓶が4本に野菜や味噌などが入っていて結構な重量ですが、11月の台高山脈の後で全然余裕だったので、トレーニングがてらそのまま担いでいく事に。

宮醤油店の店の入口の様子。明治25年の建築で国の登録有形文化財に指定されているらしい。


醤油調達の後、更に東に進んで佐貫城方面へ。この辺りはかつての城下町だったあたりで、クランクの形となった枡形が途中にあったり。(右の写真)


佐貫城の登城口(大手口)に到着。佐貫町駅から丸々2kmほどあり意外と時間が掛かった……。
佐貫城は室町時代にこの地を治めていた上総武田氏の家系である真里谷氏によって築城され、戦国時代に入ると里見氏に支配が移り、久留里城と共に対北条の防衛線となったという。
こちらも久留里城と同様、江戸時代以降も佐貫藩の藩庁として明治の廃藩まで使用されたとの事です。


三の丸から二の丸方面へ。段々になった構造の三の丸はかなり広々とした雰囲気。


二の丸から本丸方面。途中には空堀や土橋といった遺構が。
空堀と土橋を反対側から。右が空堀で、左から手前に掛けてが本丸に通じる土橋です。久留里城ほどは観光地化されてませんが、城跡としてはかなり保全されてる方かな。

本丸に到着。木々が林立しているこの一帯の平地が本丸と呼ばれていたようです。
本丸から少し先に行くと、元々は物見櫓があったという展望台がありました……気付けば日没近くという時間帯。夕日が地平線に近い所に。


佐貫城から駅までの歩きの途中で日没となりました。


佐貫町駅に到着。ここから内房線に乗って帰宅します。降りた時は駅員の姿がありましたが、この時間帯は無人駅で券売機もシャッターが降りてました。
駅の跨線橋からの展望。基本的に海沿いを走る内房線ですが、この駅の付近のみ少し海から離れた所を走るようです。


帰宅後、今回購入した色々を並べてみる……旅行というよりなんだか買い出しみたいな感じでしたが、城跡巡りみたいな要素も多少はあったので、最低限ではあるものの旅行の体裁は取れたかな?











