山とか酒とか

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熊野古道中辺路&大峯奥駈道縦走 帰路(笠置山観光、今回の旅の総括など)

前回記事『高取城ハイキング』の続きです。

inuyamashi.hateblo.jp

行程最終日、この日は帰り道です。途中、元弘の乱の舞台となった笠置山などを観光しながら、のんびりと帰りました。

他の日程を見たい方は以下の記事よりリンクを辿って下さい。

【2019年11月】熊野古道中辺路&大峯奥駈道縦走についての記録 - 山とか酒とか

目次

関西本線で笠置へ

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起床……夜は到着早々カーテン閉じちゃったので気付きませんでしたが、なんと部屋からは奈良駅が見えます。

こんなロケーションの良い宿が紅葉の時期にも限らず4000円台。観光客は大抵京都大阪に泊まっちゃうので、奈良は意外と穴場だったりするんですよね……スーパーホテル奈良駅前・三条通、バイキング形式の朝食も無料ですし、ビジホとしては久々に満足できる宿でした。

スーパーホテル奈良駅前・三条通り(楽天トラベル)

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無料朝食の時間となったのでホテルのロビーに向かいました。賑わってはいましたが座れないほどではない上に回転もいいので、適当に食べつつ窓際の駅舎が眺められる席に移動しました。

そこで1時間くらい居座って飲み食いしていました。最初はパンを写真のプレートに盛りきれない程(10個以上)持ってきて、その後は和食にシフトしてご飯は3杯、納豆2パックに海苔は4パック、奈良名物だという茶粥を1杯。無論、おかずは随時補充しに行ってました。加えてデザートに左上のヨーグルトを盛り盛りにしたものを4杯……。

おかしいですよね

食べても食べても食べても食べても食べても、全く空腹が紛れないんです。昨日までの登山による異常なまでのカロリー消費と飢餓感で満腹中枢が壊れてしまったのか、この日の朝は一人フードファイトに勤しんでいました。が、流石に際限なくなってきたので適当な所で切り上げます。

部屋に戻る……当たり前ですがちょっと苦しい。適当に食休みをして出発します。

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ホテル前の奈良駅に移動し帰宅の途へ。旧駅舎は現在観光案内所として利用されています。

現在の駅はその左奥にあります。個人的には高架になる前の粗末な仮駅舎時代の印象が強いので、こんな駅だったっけといまいちピンとこない。

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奈良より関西本線加茂へ、そこから非電化区間ディーゼルに乗り換えます。2両ぽっちの割には混んでます。18きっぷの時期でもないのに。

笠置観光(笠置山登山、笠置寺

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真っ直ぐ帰っても面白くないので、加茂の次の笠置で降りてみました。腹ごなしの観光です。

今回の行程です。往復2時間と掛からない手頃なハイキングでした。

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笠置と言えば鎌倉時代末期、倒幕の為に動いていた後醍醐天皇行在所を置いて立て籠もった場所で、駅前にはその時の元弘の乱をイメージした像が建っています……元弘の乱と言えば、それに関するものを、前々日までの大峯奥駈道でちらほら見ましたね。玉置山そばの花折塚とか、吉野の高城山とか。

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笠置は山間の小さな街です。正面に見えているのが笠置山で、少し歩くと山頂に向かう林道が分岐しています。

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車道を歩いても山頂まで行けますが遠回りになるので、入った所で分岐している史の道ハイキングコースという登山道を経由します。コースタイムは登りでだいたい30~40分くらいとの事。

登山口には特徴的な灯籠。笠置型灯籠と呼ばれ、庭園などで用いられるみたいです。

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今日も今日とて懲りずに山登りです。道は整備されたハイキングコースという具合。

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登り坂が続きますが、登山道の区間自体は短いです。

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山の上の方に数軒ほどの集落があり、横切っていきます。

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途中、いい雰囲気の食事処があったりしました。メニューに釜飯(キジ肉入り)持ち帰り可能と書いてあったので、本日の夕食用に買う事に。

出来上がりまで時間が掛かるとの事でしたから、帰りすぐ受け取れるように予約しました……この日は常に空腹だったので、何を見ても美味しそうに見えるから困りました。

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笠置寺の本坊付近。御朱印笠置山入場受付の所で頂けます。

笠置山の山頂付近は奇岩が多く、古来から修験道においての行場として賑わいました。現在では一周30~40分程度の行場巡りコースとして開放されています。入場料は300円也。

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この日は紅葉も見頃。右が本尊弥勒磨崖仏で、左はその礼堂である正月堂です。元々は精巧に掘られた磨崖仏だったのですが、元弘の乱の際に消失してしまったらしく現在では痕跡を残すのみとなっています。

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こちらは鮮明に残っている虚空蔵菩薩磨崖仏。奈良~平安頃の作と言われており、現存する磨崖仏としては国内最古とする説もあるのだとか。

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いよいよ行場巡りです。胎内潜りで身を清めてかつての行場へ。

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奇岩の多い中を進みます。

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平等岩の付近から木津川を見下ろしてみる。

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展望のパノラマ。低山ながらに中々の高度感。

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蟻の戸渡りを経て二の丸跡へ。

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途中、見事な紅葉が。この年は例年よりも1~2週間遅いみたいでした。

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こちらを登った先が後醍醐天皇行在所として定めた所です。特に何も残っていませんが、一時的に皇居だったという認識で見ると少し見方も変わりますね。

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行場巡りを終えて先程の食事処へ移動、予約した釜飯を入手しました。本当に作りたてでほっかほかです。

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山から下ってきました。駅舎内には、来た時には開いていなかったオシャレなカフェが。そそられましたが、発車時間まであんまり余裕がないので断念。

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亀山までは1両のディーゼルカーです。10両くらいは停まれそうな長いホームとのギャップが凄い。

帰宅の途

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1両の癖に車内が割と混んでいたので、前方から車窓を眺めていました。この辺りの区間は明治年間に関西鉄道が開通させたもので、歴史を感じさせるレトロなトンネルや橋梁が多いです。

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途中の伊賀上野駅で停車……思いっきり駆け込み乗車してます。忍者はマナーがなってないですね。

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柘植、亀山と経てようやく名古屋圏に入ります。

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名古屋まで戻ってきました。久々の都会ですが駅の外には出ない。

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朝食バイキング以降も空腹が続き、以降もお菓子やらパンなど摘んでいたのですが、ここでも吸い込まれるように立ち食いそば屋へ……いえ、立ち食いきしめんへ。

ここのきしめん、コシがあって上々です……名古屋できしめんってここでしか食べたことないですけどね。

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在来線でも今日中に帰れそうなので、中央線でダラダラと呑みながら帰る事にしました。吉野の静亭で購入した柿の葉寿司もここで御開帳。買った翌々日の夜ですからいい感じに熟れていて、お酒によく合いました。

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今度は笠置で買ったキジ釜飯です。ザックの中に突っ込んでいたので具がシャッフルされて混ぜご飯みたいになってますが味は良いです。おこげもパリパリと香ばしい。お酒も進み、2~3合残っていた瓶も空になっちゃいました。

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塩尻まで来るともう流石に日常の気配がします……後は適当に帰りました。長い旅の終わりは、それこそ電車で運ばれるかのようにあっさりとしたものでした。

今回の旅を振り返る

今回は例になく長い登山となりました。全行程は10泊11日。うち登山していたのは大峯奥駈道縦走に加えて大雲取小雲取越、高取城へのハイキングを加えての8泊9日。登山の行程ではこれまで最長だった5泊6日の北アルプス登山を越えて過去最長に躍り出ました。

反面、ここまで長い登山は初めてという事もあって目論見の甘かった部分も多く、途中で食糧が尽きたり足が故障したりと反省点も多いです。それについては今度、これから登る人に向けた記事でも書こうと思っているので、そこで改めて触れたいと思います。

大峯奥駈道を歩き終えて(感想)

さて、振り返ってみて何が最も印象に残っているかと言えば当然、大峯奥駈道ですね。前評判では『延々と思える程に長い、登り返しがきつい、水場が少ない』と苦痛8割くらいのものでしたが、個人的にはそこまで苦痛は覚えませんでした。

長さについては楽しむ気持ちさえあればあっという間ですし、愚直なまでの登り返しについても麻痺してきてなんとも思わなくなります。水場が少ない事だけは困りますが、それも下調べすれば1~2日に一箇所は確実な水場にありつけます

その代わりに抱いた印象としては、『全体的な人気の無さ』です。にんきではなくひとけですね。GWとかでしたらそれなりに賑わっていたんでしょうが、今回は釈迦ヶ岳付近、弥山~行者還トンネルまでの区間、吉野界隈以外は殆ど他の登山者とは会いませんでした。ですから、特にそれまでの外国人観光客で賑わっていた大雲取越、小雲取越からのギャップが尚の事激しかったです。

かと言って、それが悪いという事でもないです。むしろ個人的には孤独な登山って割と好きですし……それに、誰も居ないのが却って霊験あらたかな感じを受けたような気がしないでもないです。これがシーズン時の100名山のように人がウロウロしているとまた違った印象を受けたでしょうね。

そうした事もあり、全体的な山の印象についても北アルプス八ヶ岳の縦走とは違う感じでした。鬱蒼とした雰囲気は秩父と似ているけど少し違うかな。太古の昔から修験道における修業の場として整備されたという歴史の深さからか、それとも単に人が居なすぎたからか、いずれにせよ何か言葉では言い表せないような不思議な魅力をこの山域から感じました。

とは言え具体的にスピリチュアル的な出来事があったという訳ではないです。無論、千日修行をしている役小角のように目の前に仏様が現れたという事もない。ただなんとなく、普段よりも自然体で自然の中を歩ける、漠然とした喜びみたいなものは確かにありましたね。

などなど、全体通して言えば楽しい登山だった事は確かなのですが、奥駈道最終日で拗らせた足の故障だけは本当に辛かったです。その後数日に渡って苦しめられましたし。アレさえなければ吉野観光もできて百点満点だったんですが……けど、おかげで吉野にはもう一度行きたいと思えているので、これはもう一度来いという思し召し的な何かなのかもしれませんね。

……ちなみに今回の登山では体重が71kg→62kgと10kg近く減り、体脂肪率が一桁になりました。ライザップとかやるより手っ取り早く痩せられると思いますので、ダイエットしたい人はオススメです。