山とか酒とか

登山やお酒を始めとした趣味全般を雑多に、また個人的に有用だと思った情報を紹介しています。

山とか酒とか

槍穂高連峰縦走その1(中の湯→焼岳北峰→焼岳小屋)

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2021年夏季の登山は幾つか候補先がありました。自分の頭の中で最も有力だったのが、9月初頭辺りの東北方面登山。具体的には月山や鳥海山焼石岳、南八甲田といった東北地方でも未踏の山々を巡る事を検討していたのですが色々あって中止という憂き目に。

その色々の中で最たる要因となったのがワクチンの副反応でした。8月下旬に打ったモデルナワクチン二回目の副反応が中々にエグくて一週間体調を崩し、復調まで二週間。しかしその後も天気も中々冴えない感じの日が続いたという事で、9月も下旬までずれ込んでしまいました。

行先に関しては二転三転、やれ常念岳だの南アルプスだの迷いに迷った挙句に西穂高岳から奥穂高岳槍ヶ岳の縦走と決まりましたが、実はこのルートは個人的にはもう少し後まで温めていたかったものでした。北アルプスの山々の中でも核心中の核心みたいな所でしたし、自分が嫌いな岩場がてんこ盛りのルートでしたし、何かの節目にだとか他を行き尽くして仕方なくとか、そんな感じであまり気が進まないものでした。北アルプス自体、多少山域は違えど去年歩いたばかりでしたし。

で、どうしてこんな所を選んだかと言えば、前回の上信越国境登山にて一軍として使用していたの90リットルザックが破損し、暫しの入院を余儀なくされた事が遠因。所持しているザックで次に大きなサイズのものは70リットルで、いつもの調子で日本酒の4合瓶やらフライパンやら何でもかんでも入れての長期縦走というのは容量的に厳しい。

そこで逆転の発想を行い、普段ならまず行かないような荷物の軽量化が必要な所へと目に留まったのが今回のコースでした。実際には9月を迎える頃にはザックの修理が終わってしまったのですが、既にそれ用のパッキングは済ませてしまったので、改めて行き先を変える事は無く……とまあ至極どうでもいい前日譚でした。

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初日の行程です。松本からバス電車バスといった具合に乗り継いで中の湯まで向かった後、その日の内に焼岳を乗り越して焼岳小屋に向かいました。まずはスタート直後の九十九折の舗装路を経由し本来の登山口に向かい、その後は焼岳の山頂まで登り一辺倒。宿泊予定の焼岳小屋の水が有料の上に天水利用との事で一泊分の飲料水を担いで来たので初っ端から中々しんどく、そこそこの疲労感で山頂となる焼岳北峰を登頂。その後は一転して下り、夕焼けを見物したりしながらのんびりと焼岳小屋を目指して歩きました。

他の日程を見たい方は以下の記事よりリンクを辿って下さい。コース全体の軌跡もこちらに掲載しています。

【2021年9月】槍穂高連峰縦走についての情報と記録 - 山とか酒とか

目次

登山開始まで

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いつものように中央線で西方面に進みます。途中、いつものように眺める勝沼ぶどう郷付近からの甲府盆地の風景。いつもであれば奥秩父山塊南アルプスが見通せるのですが、この時点では雲が多く登山日和とはいい難い空模様。

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甲府での乗り継ぎの際にも相変わらず鈍重な雲が頭上を覆っていましたが、更に西に進み小淵沢辺りになると一転して鮮やかな青空甲斐駒ケ岳を始めとした南アルプスの山々が車窓から眺められました……南アルプス、もう何年登ってないだろう。

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予定していたバスの時刻に多少余裕があった為、時間調整ついでに途中の岡谷駅で降りてみました。諏訪湖といえば精密機器という訳で、駅の特産品コーナーには計器や工業機械といったものが多く並んでいる。

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街を散策する程の時間は無いので改札内をうろうろ。上諏訪のように足湯があったりとかは無いですが、諏訪大社御柱祭で使用される御柱がホームに展示されてました。実際に使われていたものではなく模擬的なものらしいですが。

上諏訪や下諏訪と同様、岡谷の街にも酒蔵があり、ベンチの裏にちょっと無造作な感じで地元酒造の酒樽が置かれていました。銘柄は神渡に高天。神渡とは諏訪湖御神渡りの事で、冬季に凍結した諏訪湖の湖面が気温差に因る膨張収縮を繰り返して一本の道のように盛り上がる自然現象の事。諏訪大社の上社と下社を繋ぐ通り道のように発生するので、その名の通り神が渡る御神渡りの伝説として古くから言い伝えられています。

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岡谷は飯田線直通の電車の起点でもありますが、その飯田線が辰野から少し先の所で橋が落ちてしまっているとかで部分運休中でした。電車も飯田線方面に向かう列車は総じて辰野止まりというレアな状況。※2021年11月中旬に復旧しました。

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少し進んで中央東線、西線とのジャンクションである塩尻駅に到着。車窓越しに塩尻駅名物、ホーム上に栽培されているぶどう畑が見えます。

ここで収穫されたぶどうは実際に市内のワイナリーで使用され『塩尻駅メルロ』という名で販売されているとの事。本数が少なく毎年争奪戦らしいです。

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松本に向かう途中の車窓。今回は登りませんが常念岳が手前に大きく聳えていますが……その奥には槍ヶ岳の穂先らしきものも。

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松本の手前ぐらいで電気機関車が留置されていました……EF64とはまたレトロ。しかも一つは一般色でした。

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松本駅に到着しました。シルバーウィークともなれば、例年であれば北アルプスを目指す登山客の姿でごった返している所ですが、まだまだコロナ禍という事で構内は至って静か。

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上高地方面に向かう場合、ここから松本電鉄に乗り換えとなるのですが、先月8月の大雨により橋が落ちたかで部分運休中。松本駅から途中の新村駅までの一部区間バス代行となっており、通路にはその旨を知らせる掲示物がありました。

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松本駅、表口の方に移動しました。いつもならバス待ちの時間を利用して松本城に挨拶に行く所ですが、今回は時間的余裕が無く見送り。

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どうしてわざわざ駅前に出てきたのかというと、駅前広場にある水場での水汲みの為。松本は湧水の街として有名で、市内にはこのような水汲み場が多数設けられており、駅前広場にも『深志の清水』という名のものが存在します。

駅前モニュメントのような意味合いで割と最近設けられたものですが、柄杓が設置されている事から水汲み場としても利用できるので、今回有り難く一泊分の水を補充させて頂きました……ここで汲めなかったらトイレの手洗い場で汲む羽目になっていたので割と切実でした。

ちなみに深志というのは中世頃の松本の旧称で、江戸の世に入り松本と改められるまで一帯は深志郷と呼ばれていました。古い地名ですが、現在においても元来の市街地は深志と呼ばれていたりと名残はあります。

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必要分の水を汲み終えたら駅を乗り越えて反対側のアルプス口へ。松本電鉄代行バスはこちらから出発するので、発車少し前の時刻を見計らって移動。

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バスポール近くに荷物を置いて順番待ち。始発の特急あずさが接続している便なので登山客の姿は多め。

今回は冒頭で説明したとおり、kん甲斐は荷物の軽量化を図っているのでザックもいつもよりコンパクトな70リットルです。とは言えテントを外に括り付けている上に水も満載させているので重量感はこの時点でそこそこ。

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乗車する新村駅行きのバスが入ってきました。車両は代行バスにありがちな観光バスタイプ。続行便はなく一台のみでの運行でした。乗り切れるかなーと不安でしたが、特に何事もなく乗客全員が収まった。

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乗り場の様子。山に向かうバスの入口は非日常への扉。

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車内はそこそこの乗車率。途中では僅かに乗降がありましたが、殆どの乗客が新村駅まで乗り通しました。

車窓からは休止中のの西松本駅の駅ホームが見えます。すぐに復旧されるのかと思いきや、全通は来年の夏前頃との話。もう暫くの間はバスを乗り継ぐスタイルが続きそうです。

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代行バスとの接続駅である新村駅に到着しました。ここから先は電車が動いてるので乗り換えとなります。そのまま終点までバスで運んでくれた方が楽なんですけど、あるものは活用しようという事なんでしょう。

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登山客で溢れる新村駅ホームと松本電鉄の電車。こちらの方に来る時は松本駅発着の直通バスに乗ってしまう事が多いので、この電車に乗るのは初めてな気がします。幅の狭いホームにコンパクトな上屋、車両は大手私鉄(京王)のお古と、如何にも地方私鉄って雰囲気。

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終点の新島々駅に到着しました。初めて降りた駅なので、我先にと上高地乗鞍高原行きのバスになだれ込んでいく登山者達を尻目にうろうろ観察。駅の終端から先は線路が続いてそうな雰囲気ですが、これは元々は一駅先の島々駅まで路線が伸びていた為です。

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新島々駅の駅舎とその付近の様子。上高地方面との接続を図るターミナル駅というだけあって、駅前のバスプールは何台も乗り入れができるようにと広々としています……というか掲げられているのも新島々駅ではなく新島々バスターミナルなんですね。実際、鉄道は片手間にやってる感じの雰囲気です。

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新島々駅から道路一本挟んだ向かいには、かつての終着駅である島々駅の駅舎が移築保存されています。島々駅は昭和末期に台風による土砂災害で廃止となりましたが、その頃には既にバスの要節点としての機能はここ新島々駅に移っていたという話。

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上高地行きのバスに乗り込み、山を分け入るように先へと進みます。途中、幾つかのダムを横目に通過し、その度に景色の山深さは増していく。

ちなみに中の湯から上高地までの区間は通年マイカー規制が行われているので、駐車場のある沢渡から先は補助席の出番が来る程に混雑しました。

中の湯バス停→新中の湯登山口

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[11:58]中の湯バス停出発

新島々から1時間弱バスに揺られて、今回の登山においての出発地である中の湯のバス停に到着。バス停は上高地方面に続く釜トンネル手前の手狭なスペースにあります。

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バス停のすぐ側には中の湯温泉が運営している売店があります。このすぐ側に戦国時代の剣豪である塚原卜伝が湯浴みしたという伝説にちなんだ洞窟風呂である卜伝の湯がありましたが、つい1年前の2020年3月に崩落してしまい現在は閉鎖されています。

中の湯温泉の旅館は今でこそ安房峠に登る途中の山腹に位置していますが、元々はこの付近、バス停から梓川を挟んだ対岸の少し先にありました。しかし安房トンネルの開通工事に伴い移転し、現在では売店が残るのみです。卜伝の湯もその名残でもあったのですが、無くなってしまったのは残念。

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表でごそごそと準備をしていると売店の中の人が出てきて、焼岳方面の登山地図を下さりました。登山口までのルート、特に温泉から登山口までの間は舗装路を迂回するショートカットルートがあるとの話だったので、その入り方のアドバイスも頂き準備万端の整い。

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まずは梓川を渡ります。松本近辺で流れているものと比べると遥か上流域。川幅も狭く渓流って感じの雰囲気。

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舗装路を先に進みます。安房峠越えの国道が岐阜県方面に向かって続いていますが、トンネルの手前で右折して旧安房峠の九十九折の旧国道へ。

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暫くこんな雰囲気の舗装路を歩きます。旧国道というだけあって傾斜はそこまで急ではなく、スタート直後の足慣らしには丁度良いです。

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樹間から前穂高岳っぽい岩山が見えました。今回、奥穂高岳は登りますが前穂は経由しないコース取り。またいつかですね。

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うねうねの旧国道を進んで中の湯温泉へ。バス停そばの売店の人の話によれば、敷地内を突っ切るとそのまま焼岳登山口に続く山道が続いているとの事。これは教えて貰えないと中々気付けないのではないかと……とは言え10分位のショートカットくらいで、大した差は無さそうですが。

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建物の支柱には案内もちゃんとありました。16時までの下山をとの事ですが、既に正午を過ぎているので登頂が16時になってしまいそうですね……まあ自分は小屋泊なので特に気にせず行きましょう。

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登山口までの山道も整備が行き届いており歩きやすいです。前日中の湯に宿泊して翌日焼岳登山、みたいなパターンで登る人も多いのではないかと。

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登山口付近から振り返った所。まだまだ標高は低いので見上げるような形ですが、前穂高岳から左側には奥穂高岳方面の山々も見えてきました。

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奥穂高岳から前穂高岳を望遠で。前穂は少し離れた所にあるのでシンプルに分かりやすいですが、奥穂付近はごちゃごちゃ立て込んでいる感じです。当時は気付きませんでしたが、よく見ると左からジャンダルム、ロバの耳、馬の背、奥穂高岳という二日後歩く岩峰の並びが見えているような。

新中の湯登山口→広場→焼岳北峰

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[12:46-12:56]新中の湯登山口

バス停をスタートして1時間、ようやく本来の焼岳の登山口である新中の湯登山口に到着しました。時刻は昼過ぎで、朝方登り始めた人が下山してくる時間帯。既に帰り支度を始めているような人の姿も多く、場はなんだか弛緩したような空気が漂ってました。

しかし一歩登山道に踏み入れると登山口の喧騒からは一転、山特有のピリッと張り詰めたような静寂に包まれる。これから一週間近く山の中かと思い直すと、ようやく緊張感みたいなものが湧いて出てくる。

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道なりに焼岳方面へ。道はまあ百名山なので全く問題ないですが、大荷物での急登に早くも堪え気味。いつもに比べれば軽量化を図っているのでだいぶ軽くなっているはずなんですけど、3ヶ月のブランクがあるので差し引きはゼロくらい。

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途中で振り返り、谷を挟んだ反対側の山々を眺める。大滝山とか蝶ヶ岳方面の稜線ですね。あっちは随分となだらかで歩きやすそうだなとか羨ましく思ったり。

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暫くは鬱蒼とした樹林帯の中の急登をひたすら進んでいきますが、地図上に広場とある付近から視界が広がり、正面にはこれから登る焼岳のピークが初めて確認できた。

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[14:15-14:26]広場

広場に到着しました。双耳峰である焼岳北峰南峰を眺めながらお弁当でも突付けそうなロケーションです。コースタイム的にも中間ポイントなので休憩している方々も多い。

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広場から見上げる焼岳。まだ標高差は400mくらいあるので、もう少し歩く必要がありそう。

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焼岳北峰南峰を望遠で。左が最高峰の南峰ですが、風化が進み崩落の恐れがあり立入禁止で、右側の北峰のみ登る事ができます。まあ見るからにザレザレで危なそうですしやむ無しですね。

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広場以降の道程は木々は少なく、一転して開けた雰囲気となります。振り返れば穂高連峰霞沢岳。奥の方に見えるなだらか稜線は蝶ヶ岳です。

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景色は良いのですが傾斜はこれまでと比べるとそこそこ急に……山頂が見えてるのに中々距離を詰められないタイプの道です。

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谷を一本挟んだ先の霞沢岳が大きく見える。周辺の蝶ヶ岳常念岳といった華々しい山と比べると地味なピークという印象ですが、常念山脈を歩く際には是非とも登ってみたい山だったり。その際は島々谷からと決めてるのですが、ここ数年通行止めのようで。

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焼岳北峰を正面に見据え急登を進んでいく。この頃になると荷物の重さに慣れつつあるけど、日帰りの登山者に軽々と追い抜かれしまう程度のスピード……テント担いで焼岳に登る人は案外珍しいようで、「どこに行くんですか?」みたいな感じで結構な頻度で尋ねられたり。

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振り返り霞沢岳方面。先程とは若干角度が変わり、右側には鉢盛山、小鉢盛山の稜線。さらに右奥には木曽駒ケ岳を始めとした中央アルプスの山々が見えます。

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荒々しい雰囲気の前穂高岳を望遠で。右背後に見える蝶ヶ岳から蝶槍にかけてのなだらか稜線とは対照的。

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そこそこの斜度の急登が続きますが、展望が開けているので楽しい道程です。足元に赤い実を付けているのはアカモノ辺りでしょうか。彩り豊かな高山植物の多くは姿を消し、今や実りの季節。

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ヤマハハコが少し咲いていました。少し遅めの時期に咲く花で以降も偶に見かける。

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焼岳北峰を正面に大きくなり、流石に近付いてきたかなという所。

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山頂に近付くにつれて徐々に活火山らしい荒涼とした風景に。

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途中で振り返った所。見える山の角度が再び変わり、正面右には乗鞍岳が……雲が上がってきてしまってよく見えない。それよりずっと遠くの中央アルプスは先程同様よく見えていますが。

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もう少し登った所から振り返る。草地の斜面に噴石と思しき大小の岩石が無数に転がっている。

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ようやく北峰と南峰の間の鞍部が見えてきましたが既に夕刻近く、次第に影が大きくなってきた。

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シラタマノキを見かけましたが実を付けていませんでした。先程のアカモノとは実の付け方が似てますが、葉の形が明確に違うので判別は容易。ちなみにどちらも実は食用が可能です……大量に収穫してジャムとか作ってみたいんですけど、中々叶わぬ何年来かの夢。

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鞍部手前から焼岳北峰を正面に。さながら砦のような佇まいの溶岩ドームの上部、何人か人の姿が見える辺りが山頂です。

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これまで歩いてきた急登と脆い岩の尾根。

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鞍部を少し過ぎた辺りから最高峰である焼岳南峰を振り返る。焼岳は深田久弥著の日本百名山にも記されており百名山完登を目指される方が特に多い印象で、通りすがりで小話する際も焼岳で幾つ目だとか(特に聞いてもないですが)、そういう話になりがちでした。

その中で一人、最高峰の南峰を踏まないとカウントされないんじゃないか、立入禁止だけど登ってる人も結構居るし……みたいな感じで長々ぼやいていた還暦くらいのおじさんが居たのをよく憶えています。

浅間山とか伯耆大山利尻富士とかもそうですけど、百名山の最高地点が立入禁止の山って結構あって、モヤモヤしてる人結構見かけるんですよね。百名山完登というコンテンツ自体に興味ない自分としては正直どうでもいいわって感じなんですけど、目指している人にとってはジレンマになったり、強迫観念に駆られたりするんでしょうね。

とは言え選んだ深田久弥自身、どっちに登ったら登頂扱いとかみたいな表面的で俗っぽい事考えてないと思いますけどね。北峰だろうが南峰だろうが焼岳は焼岳に違いないでしょう。それで良いんじゃないでしょうか……みたいな感じでそのおじさんに返しましたが、まだどこか腑に落ちない様子。この手の人は実際に登らないとモヤモヤが晴れないタイプでしょう。話を続けるのもなんだか面倒臭くなったので、適当に切り上げてその場を後にしました。

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コルの裏側にはオアシスみたいな雰囲気の火山湖があります。側に降りて寛いでみたいですが、窪地ですし硫化水素が滞留してそう。

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引き続き焼岳北峰の登頂を目指します。山頂は正面に見えていますが直登のコースは無く、一旦東側に迂回してそこから取り付きます。

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迂回のトラバース路。この日の一週間くらい前、山頂付近で浮石を踏んで転んで亡くなった方が居るとの事で、ちょっと緊張しながら進みます。注意していればなんともない道ですけど、確かに浮石は多い。

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焼岳北峰の取り付きに到着しました。焼岳小屋方面の道はここから伸びているので、重い荷物はここで一旦お留守番。

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少し登った所から振り返ると穂高連峰の全容が見渡せました。緑に覆われた上高地周辺の様子も見下ろせる。

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穂高連峰をやや望遠で。雲が流れつつあるものの、西穂高岳、ジャンダルム、奥穂高岳前穂高岳やその間の小さな岩峰群も細かく確認できます。

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更に段階的に望遠したもの。西穂高岳の手前には翌日テント泊予定の西穂山荘の建物が見えます。西穂独標は一番下の岩峰でしょうが、西穂高岳の主峰から随分と標高差があるように見える。

焼岳北峰からの展望

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[15:47-16:49]焼岳北峰

今回の登山において最初のピークである焼岳北峰に到着。荷物の重さに苦しみながら休み休み登っていた割には殆どコースタイム通りでした。軽量化の成果でしょうか。

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山頂からの360度展望です。到着時点ではそれなりに人の姿がありましたが、日没も近いので一人二人と立ち去り、最終的には自分一人だけに。

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山名入り写真です。雲が多く大して見えないので主峰のみ記載。拡大してご覧下さい。

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だいぶ雲が上がってきて何が何だかという感じですが、明日以降向かう穂高連峰方面が大きく広がります。左側の雲が乗っている辺りは去年登った笠ヶ岳。以降の山は見えませんね。

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先程と同様、穂高連峰の望遠。奥穂高岳のピークは雲に隠れ、ジャンダルムロバの耳の辺りまで確認できます。翌々日あれを一つ一つ乗り越えていく訳ですが、この時点ではいまいち現実味が無い。

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霞沢岳上高地方面。ずんぐりした山容に見える霞沢岳ですが、山頂部は岩が露出していてそれなりに険しそう。

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地面をよく見ると硫黄なのかなという黄ばみが。所々で白いガスが噴出していたり、地熱なのか妙に温かい場所があったりと、なんだかちょっと落ち着かない山頂でした。

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似たような写真ばかりになって恐縮ですが、上高地を中心とした写真も一枚。樹海の中に赤い屋根の建物や池塘がぽつぽつと見えるのが何ともいい感じでした。未だ行った事無いんですよね。

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再び穂高連峰から笠ヶ岳方面の山々。うろうろしている間に笠ヶ岳の雲が取れてくれました。

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笠ヶ岳から抜戸岳までのなだらかな稜線。抜戸岳の下方には杓子平のカールも見えますね。つい一年前に登ったばかりですけど妙に懐かしさを覚える。

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逆光になりますが南側、焼岳南峰と左奥には乗鞍岳。こちらも依然として雲が多いですが、登っている最中に比べると多少は流れてくれました。

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乗鞍岳方面を望遠で。中央に見える尖ったピークが最高峰の剣ヶ峰です。手前には登山口となる畳平に建つ幾つかの建物が確認できますね。

左手前に見える稜線は十石山乗鞍岳とは尾根続きです。もし乗鞍岳に登る機会があればこちらの方まで縦走したいなとか思ってますけど……。

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こちらは西側、本来であれば白山とかが見える方面ですが、雲が多くていまいち見えませんね。日も随分と傾いてきました。

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最後に自分の写真を。人様に撮って貰った写真をHDDの肥やしにするなんて失礼……というポリシーから、セルフではない自撮り写真はなるべく載せる方針だったりそうでもなかったり。

焼岳北峰→中尾峠→焼岳小屋

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山頂を後にします。分岐で荷物を回収し、焼小屋と書かれた矢印の方面に下り始めます。

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分岐からこれから向かう焼岳小屋方面を望遠してみる。中央が地図上に展望台と記載されている場所で人の姿もありますね。ちなみに焼岳小屋の建物は写真右端の辺り、影に覆われた暗がりの中に見えています。

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穂高連峰を臨みながらの急降下ですが、気付けば西穂高岳より先のピークは雲に埋もれて見えなくなっちゃいました。

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山頂から小屋のある鞍部までは標高差400m近いでしょうか、日没が近付き陰影が深まってきた中の薄暗い下り坂。そこそこ急坂なので浮石を踏んだりしないように注意しながら進む。

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先程まで立っていた焼岳北峰を振り返る。実はこの下りの辺りで槍ヶ岳一帯を震源としたそこそこ大きめの地震が発生し、震源地近くの登山コースが崩れたり、落石で身動きが取れなくなりヘリで救助されたりといったような騒動に発展したとの事です。

……という話を後々知ったのですけど、この時は必死に下っていたので全く気付かず。小石がコロコロ落ちてきたのは記憶にあるのですが、火山性微動的な何かだろうと特に気に留めませんでした。

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だいぶ下ってきたという所。下っている間に西穂高岳が雲に隠れてしまいましたが、裏銀座方面の雲が流れ水晶岳辺りの山々が見えるように。

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再び焼岳を見上げると、山肌の何箇所からもうもうと白いガスが噴出していました。こうしてハイキング感覚で登れるのが不思議なくらいに火山活動が活発な山です。

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ここまで下ると傾斜も緩くなり、活火山っぽい雰囲気からも遠くなる。のどかな尾根道といった風情に。

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イワヒバリが辺りをうろうろしてました。北アルプスでは割とよく見かける野鳥。人を恐れないので足元近くまでトコトコ歩いてきたりする。

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日没間際という所です。小屋に入ってしまうと再び外に出る事は無さそうなので、暫し夕日鑑賞タイム。

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空の色が赤みを帯びてきた頃。太陽も次第に地平線に近付いてきた。

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雲の海に沈みゆく夕日。一日の終わり。

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振り返れば反対側から月が昇っていました。夜の始まり。

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太陽不在となった西の空。幾重にも連なる桃色の筋雲がぼんやりと浮かんでいました。

次回記事『槍穂高連峰縦走その2』に続く

inuyamashi.hateblo.jp