山とか酒とか

登山やお酒を始めとした趣味全般を雑多に、また個人的に有用だと思った情報を紹介しています。

鳥海山矢島口から長坂口その3(七ツ釜避難小屋→七高山→新山→御浜→笙ヶ岳→長坂道→遊佐駅)

停滞日の翌日は七ツ釜避難小屋を再出発した後、前日叶わなかった鳥海山(新山)の登頂。そして伏拝岳、御田ヶ原、笙ヶ岳と伝って進み下山するという行程。歩行距離25km、鳥海山の最高地点である新山の山頂から麓の遊佐駅までの標高差2,200mを一気に駆け下りるという中々に歯応えのある一日でした。

鳥海山矢島口から長坂口その2」の続きの記事となります。

inuyamashi.hateblo.jp

他の日程を見たい方は以下の記事よりリンクを辿って下さい。コース全体の軌跡もこちらに掲載しています。

【2022年9月】月山・鳥海山登山旅行 - 山とか酒とか

目次

今回歩いたルートのGPSログです。

七ツ釜避難小屋→康新道→七高山

日の出の時刻は5時半頃。前日歩いてみて小屋から山頂まできっかり2時間はかかる事が分かったので、この日は3時前という早い時間帯の出発となりました。

荷物のパッキングも早々に行い、余った時間で一通り掃き掃除を済ませる……2泊したので、気持ちいつもの2倍ほど念入りに。

[2:42]七ツ釜避難小屋出発

七ツ釜避難小屋を後にします。清潔で広々としていてとても居心地の良い小屋でしたが、流石に3泊目とはならないようにと願いつつ出発。

前日は歩き始めた段階で既に空が明るくなり始めていたのですが、この時点では未だ2時台。どっぷり更けています。

月が浮かんでいるのが見えました。昨夜寝る前に見かけたものと変わらず正円形の満月です。

満月の下、月明かりで照らされた海が薄ぼんやりと見える。

前日と同様、比較的足場が良くて歩きやすかった康新道経由で向かいました……その途中のヤマハハコを一枚。

日の出まで1時間以上ありますが、徐々に東の空が赤みを帯びてきた。

まだ地平線の下に沈んでいる朝日に照らされたのか、月が真っ赤に染まっていました。

ほんの少しずつ明るくなってきた東の空の様子。

少し進んだ所から同方面。悪天候に悩まされた前日から一転、この日の展望は期待できそうです。

七高山の山頂が見えてきた頃には辺りも明るくなり、ヘッドライトも不要となりました。

七高山からの展望その1(日の出見物編)

[4:50-6:14]七高山

二度目の七高山の山頂に到着。日の出待ちの方は自分以外に一人、鉾立から夜通し登ってきたという方がいらっしゃいました。

到着時点では日の出まで30分以上という状況でしたが、よく見ると一際強い赤みを帯びた箇所が。

燃えるような赤い雲。恐らくはこの付近から日が昇ってくるのでしょう。

少し明るくなってきたかという所で日が昇る方面とは反対側、西側の展望。前日全く見えなかった新山がすぐそこという所に聳えている。

濃紺色であった空の色が急速に塗り替えられていく様子。日の出は近い。

日の出間近という頃の周囲の360度展望。

日が昇るであろう場所をよく見てみると、何やら雲の中に気になる稜線が……奥羽山脈中部に位置する焼石岳のようで、徐々に雲から抜けつつありました。

焼石岳の望遠。前々日の夕暮時、七ツ釜避難小屋からも見えていたピークです。

こちらは鳥海山の火口を覗き込んでみた所。火口丘である新山と外輪山との間には鳥海山大物忌神社がすっぽりと収まるように鎮座している。

空も全体的に明るくなってきて遠くの山々が見えるようになってきた頃。こちらは先日登った月山葉山、朝日連峰が見える南側の方面。

月山方面の望遠です。月山右後背に伸びている朝日連峰まで細かく見えています。

再び赤みが増してきた東側の方面。焼石岳を覆っていた雲が上がってきた。

焼石岳方面を望遠したもの。燃えるような色の赤い雲が稜線すぐ上の所を蟠っている。

再び新山方面。だいぶ明るくなってきて、沖合に浮かぶ飛島男鹿半島も見通せるようになりました。

新山の山頂をよく見てみると、こちらにも日の出待ちの人の姿が。

そして迎えた日の出の時間。焼石岳すぐ左側の窪みの辺り、火がついたかのように急速に明るくなった。

空や雲の色合いといったものが瞬く間に変わる。

日の出方面の望遠。雲が多いので綺麗な御来光とは行かないかなと思ってましたが、朝日が反射した雲が綺麗なのでこれはこれで。

日が登り始めた事で空全体の色合いも変わりつつある。

稜線と雲の間の僅かな隙間の所に朝日が覗かせました。

朝日とその周囲の様子。

全体的に白っぽくなってきた空の様子。

背後を見ると新山の山頂部に陽光が降り注ぎ始めていました。奥の雲の色合いもピンクがかっていて不思議な感じ。

上に漂っていた雲を越えたのか、東の空が再び明るくなりました。隙間しか見えていなかった先程よりは日の出感が強い。

再びその周囲の望遠。

日の出の方面を広い範囲で撮ったもの。気になる山が幾つか見えています。

こちらは焼石岳から少し左に見えている稜線。有名な早池峰山で、右側に見える少し低いピークは鞍部の小田越を挟んで南側に位置する薬師岳

反対側である西側を少し広い範囲で撮ってみたもの。

北側方面の望遠。日本海の海岸線の先に男鹿半島、そして中央から右側にかけては太平山森吉山、岩手山といった著名な山々が見えている。

こちらは南側。月山朝日連峰、飯豊連峰といった山々が細かく見えている……朝日連峰と飯豊連峰に関しては直後に雲が上がってきてしまったので、この写真が一番よく見えているかも。

南東方面、月山の東側に位置する葉山から山形盆地の方面。左側に見えている稜線が船形山で。その右奥には蔵王連峰が見えていますが、最高峰の熊野岳やその周辺は雲に覆われていて見えない。

一周してきて東側方面となる頃には空の様相もまた一段と変わっていました。朝を迎えた頃とも言える。

辺りに陽光が降り注いできて、全体的に赤みがかってきました。

赤く染まった七高山の山頂の様子。

七高山から西側180度の展望。前日は濃いガスですぐ先の新山すら見えませんでした。

こちらは東側180度の展望。山麓には広大な樹海が広がる。

船形山方面。その手前の山形盆地は雲海で覆われていました。

せっかく人と居合わせたので写真を撮って頂きました。一帯が赤く染まるスペシャルな時に撮って頂き感謝です。

七高山からの展望その2(山座同定+α編)

再び七高山から北側方面の展望。日の出からだいぶ時間が経ち明るくなってきましたので、そろそろ遠くに見える山々の観察を始めようかと。

新山の山塊のすぐ右奥の所に見えているのは飛島です。飛島の名は鳥海山の噴火に伴い噴石やマグマが飛来して島となったという伝説が由来との事ですが、実際は海底火山の噴火によって形成した島だという。

新山の山頂部を望遠してみた所。幾つかの岩峰がありますが、右写真の中央左のものが山頂のようです。標高は2,236mで鳥海山の山頂という扱いですが、標高2,229mの七高山とは6mの差とあまり変わらず、殆ど同じ目線上にあります。

新山の右に見えているのは鳥海湖付近から稲倉岳方面に続く尾根筋。途中のキレット付近にはジャンダルムという、どこかで聞いた事がある岩峰があるらしい。

更に奥の象潟金浦といった日本海側沿岸の町を望遠してみた所。象潟特有の景観である、田んぼの中にぽつぽつと島のように点在する森が見える。江戸後期までは田んぼではなく名前の通り潟湖が広がっており、島のように見える森も実際に島だったという。

北側に見える山々を望遠して繋げてみたもの。この日は天気は良いものの若干霞みがちで、前々日見えた白神岳を始めとした白神山地の山はあまり見えませんでした。

山を見やすくする為に露出を変えて撮ってみました。太平山森吉山八幡平から秋田駒ヶ岳岩手山と一体化した稜線はよく見えますが、日の出直後は鮮明に見えていた早池峰山はかなり薄くなってしまった。

山名入りです。白神岳は見えているか見えていないか判断に困る所。

こちらは東側の日が昇ってきた方面。人跡未踏の樹海が名前の知らない山々に向かって続いている。鳥海山は海が近い事で有名なピークですが、見る方面によっては山深さも感じさせる。

既に高く登りつつある太陽を単体で。

太陽とその周囲のパノラマ。

東側の方面。こちらも様々な山が見えていますが、200名山300名山クラスくらいしか判別できないので、正直何が何やらといった感じ。

山名入り写真です。知らないピークが多いので苦労しましたが、こうして調べてみると実際に登ってみたくなりますね……焼石岳とか船形山とか。

北側の森吉山を単体で。森吉山から玉川温泉、焼山を経て八幡平まで歩くコースもあるらしく、ちょっと気になっていたり。

こちらは八幡平から秋田駒ヶ岳岩手山の方面。岩手山から八幡平までの裏岩手縦走路は歩いた事があるのですが、秋田駒ヶ岳は登った事がないのでこちらもいつかは。

東側、やや遠くに浮かんで見えている山が早池峰山薬師岳。標高は2,000近く、周辺に高い山が存在しないので孤高を極めている。

再び山頂の様子。いつしか日中とそう変わらない色の青空となっていました。

完全に明るくなったので改めて山座同定を行います……ここから先は方角別となるので一枚一枚の撮影時間は少し前後します。

まずは七高山からの360度展望図。正面に新山が聳えている以外は視界を遮るものは一切ありません。

山名入りです。望遠ではないのでざっくりと主峰のみ記載。

こちらは南側、船形山から山形盆地、月山、庄内平野といった方面。

やや望遠してみたもの。概ね細かい所まで見えていますが、朝日連峰飯豊連峰は雲が上がってきて判別が難しくなってしまった。

山名入りです。条件が良ければ月山葉山の間に吾妻連峰が見えるらしいのですが、影も形もありませんでした。

船形山から蔵王連峰、葉山といった方面を更に望遠してみたもの。蔵王早池峰山よりも近く岩手山と同じくらいの距離なんですが、妙に遠くに見えます。

山名入りです。蔵王の最高峰の熊野岳の山頂はこの時点では見えていませんが、雲が少し流れてくれて山の全容がなんとなく分かったので文字を入れました。

庄内平野越しに月山、朝日連峰、飯豊連峰、そして日本海の海岸線が見える方面。どの方面の展望が特に良かったかと問われたらやはりこちら側でしょう。

酒田の市街地付近を望遠してみたもの。月山からは鶴岡の市街が近くに見えましたが、鳥海山酒田の方が近く、付近を流れる最上川日本海に注ぐ様子や羽越本線の線路等も細かく見えている。

空の色が変わってきた所で再び象潟金浦、稲倉岳方面の展望。これだけ標高の高い山なのに海が非常に近い所に見えるというのが鳥海山の展望の最大の特徴でしょう。

象潟金浦の市街地をそれぞれ望遠してみたもの。どちらも小さな港町といった風情。

こちらは男鹿半島の望遠。こんもりと高くなった所が本山で、右側には船川港の石油タンク群が薄く見えている。

往路で経由した羽後本荘の市街地とその望遠。本荘と言えば海に面したイメージを個人的に持っていますが、中心市街地は意外と内陸部にあり、海沿いには石脇という集落が別個に存在する……ここまで望遠するとかなり薄いながらも白神山地がなんとなく見えるように。

麓の方に視線を向けてみると、前々日に歩き始めた矢島口の登山口である祓川の周辺の様子が細かく見えました。祓川ヒュッテの建物に隣接して竜ヶ原湿原が見えていますが、こうして見るとコンパクトな印象。

岩手山八幡平が見える方面。手前の雲海の下が横手盆地で、さらに手前の田園地帯が往路で経由した子吉川沿いの旧鳥海町の範囲となっています。

その手前の田園風景を望遠してみたもの。中央左の影の中には今回の登山のスタート地点である鳥海荘の建物が見えている。

再び東側の方面。ぐるぐると何周も展望を眺めていると日がここまで高くなっていました。

主峰の単写真シリーズ。左が八幡平から秋田駒ヶ岳岩手山の稜線で、右が岩手山の単体。右の写真の左側には秋田駒ヶ岳の最高峰である男女峰が見えていますが、その左側の少し低くなった所には、乳頭温泉で有名な乳頭山烏帽子岳)のピークが辛うじて確認できます。

左の写真は早池峰山薬師岳。右の写真は平たい山容が印象的な焼石岳です。

神室山から右側。山形盆地の北端近くに見える、山が幾重にも連なっている辺りの望遠。

船形山蔵王連峰蔵王の最高峰の熊野岳を除いてピークが細かく見えている。

葉山から月山、朝日連峰、飯豊連峰方面。山座同定を始めてから一周してきました。

同方面を若干望遠してみたもの。朝日連峰飯豊連峰は既に殆どが雲に覆われてしまいました。

同方面を最大限まで望遠してみたもの。ここまで望遠すると月山の山頂に鎮座する月山神社が突起のように見えている。

山名入りです。朝日連峰飯豊連峰の各ピークは多くは雲で覆われてしまいましたが、先程は見えていたので一応記載。

月山の単体です。こちらも良い山でした。

最後に広範囲の写真を何枚か載せて終了とします。こちらは七高山山頂からの360度展望。

こちらも同様の360度展望ですが、上下に若干の幅を持たせて撮影したもの。

新山を中心とした180度展望。外輪山に囲まれた中央火口丘という構造がひと目で把握できる。

こちらは反対側、広大な樹海が続く方面。

山頂一帯の雰囲気。山頂看板や三角点の他、修験道関係のものと思しき石碑が幾つか立ち並んでいました。

七高山を後にします。景色が良かったので、日の出の待ち時間を含めて1時間半と長居してしまいました。それでも名残惜しいですが、この日は行程が長いので適当な所で。

七高山→新山分岐→新山

七高山の山頂を出発して以降は外輪上を伏拝岳鳥海湖方面に辿っていきます。しかしその前に鳥海山の最高峰である新山に寄り道するので、途中で一旦火口の方に下る。

山麓部の原生林が見える東側の斜面。

外輪は全くの平坦ではなく、幾つかの小刻みな起伏を越えていきます。

蔵王月山が臨める山形盆地方面。

先程まで居た七高山の山頂を振り返った所。左に見えているのがこれから向かう新山で、外輪山と火口丘という関係上、その間は大きく落ち込んでいる。

写真を頼まれたので応じたらお返しに撮って頂きました。流石に7日目となると荷物もだいぶコンパクトになりましたね。

遠くの山々を眺めつつ歩いていくと、程無くして分岐の指導標が見えてきました。

[6:17-6:26]新山分岐

新山方面の分岐に到着しました。新山はここから往復という形となり、再びこの場所に戻ってくるので荷物の大部分は置いておく事に。

分岐から新山までのコースの様子。区間そのものは短いですが、火口の底までザレた急な下り坂が続いている。

急坂を下りきった所。七高山に立っていた時は殆ど目線が同じであった新山ですが、早くも見上げるような形となった。

残雪が溶け出して池となった場所。昨夜は冷え込んだようで、9月上旬という時期にも関わらず水面には薄氷が張っていました。

鞍部から新山に登るコースは2つあり、西側の鳥海山大物忌神社から登るものと、東側の七高山寄りの取り付きから登るものがあります……とりあえず後者の方を経由して先に新山を目指し、神社には後程立ち寄る事に。

新山の取り付き付近。神社を横目に登り始める。

以降は山頂まで岩ゴロゴロのガレ場が続きます。荷物は置いてきて身軽なので特に苦労せず登っていく。

シルエット状の外輪山越しに見える太陽。左に見えるピークが先程登った七高山です。

ガレ場の道の様子。どこを歩いていくのかという感じですが、ペンキのマークが細かく記されているのでそれを辿っていく。

ガレの登りと澄んだ青空の対比。

どこでも歩けそうな感じですが、踏み歩かれている場所の方が浮石が少ない。

ある程度登ってきた所の風景。山頂部には似たような起伏が幾つかあり、どこか新山の山頂なのか一見した所で判別付かない。

一度窪地に降りて登り返すように進んでいくようです。

再び振り返り外輪山。七高山の山頂看板や付近を歩く人の姿が見える。

幾つかの岩峰を横目に歩いていく。

岩の隙間のような所にコースが通されているので入っていく。

狭い岩の隙間には社が立っていました。かつての修験者はこうした岩屋で雨風を凌いでいたのでしょうか。

岩屋を抜けると北側方面に視界が広がりました。ここから僅かに登り詰めた所が新山の山頂です。

新山→鳥海山大物忌神社→新山分岐

[7:01-7:35]新山

一般的に鳥海山の山頂として扱われている新山の山頂に到着。切り立った岩峰の上なので七高山より狭いのですが、到着時点では他に人の姿がなく貸し切りでした。

山頂一帯を少し引き気味に撮ってみたもの。右奥に見えるのが外輪山である七高山です。

更に引いて撮ってみたもの。山頂は人が数人居られるかという狭いスペース。

アングルを少々変えてみたもの。似たような岩峰が周囲に幾つか立ち並んでいる。

七高山等が見える東側の展望。右側には七高山からもよく見えていた月山庄内平野日本海の海岸線がよく見えています。

こちらは反対方面の西側の展望。新山はこちら側に視界が開けており、手前の岩峰が若干視界を遮っているものの、日本海が近い所に見える。

同方面を少し上下に広げて撮ってみたもの。岩峰の隙間から後々歩く笙ヶ岳方面のなだらかな稜線が見えている。

こちらは北側、仁賀保羽後本荘前郷等といった麓の町並みが見える方面。麓は全体的に樹海に覆われていて、その中にぽつぽつと湖が点在している。

同方面を望遠したもの。男鹿半島森吉山、岩手山といった山々は依然としてよく見えています。早池峰山も薄いですがなんとかその形を確認できる。

七高山の山頂を単体で。背後に見えるのは日の出と重なった焼石岳。つまりこの時期新山から日の出を見ると丁度七高山のピーク越しのものとなるようです。

こちらは南側の展望。七高山の時と同様によく見えています。朝日連峰飯豊連峰は完全に雲に覆われてしまいましたが、蔵王熊野岳の雲は抜けてくれたようです。

同方面の望遠。山形盆地からその先一帯にまでに広がる雲海は未だ抜けていない様子です。

是非ともやりたかったのが銘柄『鳥海山』を鳥海山の山頂で飲むという儀式……わざわざこの為にサブザックに4合瓶を忍ばせていました。

鳥海山鳥海山を飲む……流石に恥ずかしいので他の人が登ってくる前にセルフで撮影。まだまだ歩く予定なのでお猪口3杯に留めておいた。

新山の山頂を十二分に満喫したので下ります。帰路は往路とはコースを変えて神社を経由するものを選択……しかし行く手には岩壁が立ちはだかっており、どこを歩いていくのか一見して想像付かない。

岩壁に近付いてみると隙間から細い道が続いています。風の通り道ともなっているようで、ひんやりとした空気が流れていて心地よい。

隙間の手前から先程まで立っていた新山を見上げる。中央のピークが新山の山頂です。

岩壁の隙間に入り込んでいく。そこまで狭いという事もなく、普通に立って歩ける感じ。

隙間を抜けると南側の展望が広がりました。庄内平野の手前に見えるのは後程歩く伏拝岳方面に続く外輪山で、今回の登山における最後のピークとなる笙ヶ岳まで見通せる。

少し下った所からの展望。下った先の鳥海山大物忌神社が見えてきました。

更に少し進んだ所から。往路と同様に傾斜は急峻ですが、足場となる場所は多く歩きやすい。

神社の少し手前から見下ろした所。御室小屋という山小屋が隣接しているという事もり、ちょっとした集落のようにもみえる。

そのまま下りきった所で神社の入口へ。この時間帯になると登り始めてきた人の姿がちらほら……付近一帯は開けているので最後の休憩をしている人も多い。

[7:43-7:59]鳥海山大物忌神社

鳥海山大物忌神社に到着。さて、ここでも御朱印を……と思ったら月山神社と同じく人気がありません。調べてみると、どうやら今シーズンの授与所の営業は数日前に終了してしまったという。

無人となり静寂に包まれた神社から先程登った新山の山頂を見上げる。

神社の参道を進んでいくと社務所のような棟がありましたが、窓が板で打ち付けられていました。

鳥海山大物忌神社の社殿の様子。出羽国一宮とされる神社で、山麓部の吹浦と蕨岡にある口ノ宮(里宮)に対する本社とされていました。数日前に回った出羽三山等の他の山岳信仰の聖地と同様に古来より神仏習合が進んでおり、明治の神仏分離までは専ら鳥海山大権現と呼ばれていたという。

この付近の地図を見てみると、山形県秋田県の県境は山頂を通過しておらず、それより北側の微妙な所を通されており、山頂一帯は丸々山形県の範囲内となっています。これは江戸時代頃から激化した山麓各地による山頂争奪戦の名残で、特に南北ではそれぞれの宗派が異なった(秋田県側の矢島口は真言宗で、一方南側の蕨岡口では天台宗であった)事から熾烈な争いが繰り広げられていました。その後、当時の江戸幕府の判断により山頂一帯は飽海郡(現在の山形県側)に属しているという判断が下された事で決着となり、その際に敷かれた境界線が県境となり現在に至ります。

参道を上から見下ろした所。僅かな平地に幾つかの建物が犇めき合っているような印象を受ける。

神社手前の広場から伏拝岳、笙ヶ岳方面を見据える。この広場から千蛇谷を経て後に通過する七五三掛に通じているコースが続いていますが、外輪上に荷物を置いてあるので一旦戻ります。

広場から新山を見上げる。そそり立つ大きな岩壁のようでした。

鳥海山大物忌神社越しに新山。手前の大きな建物が宿泊施設でしょうか。

神社から先、往路で辿った新山の取り付きまで道がよく分からず、岩ゴロゴロの斜面を適当に進んでいく。程無くしてペンキマークが現れて一安心。

荷物を置いてある分岐までの登り返し。分岐の指導標が右上の所に見えています。

外輪上までの登り返しの様子。急峻ですが距離は短い。

行きがけに見た雪解けの水溜り。表面を覆っていた薄氷もこの頃には完全に融けていました。

登り返しの様子。ややザレ気味なので下りの際は少し面倒だったのですが、登りではスムーズに進める。

何分かの登りを経て分岐点に戻ってきました。新山の山頂で少しゆっくりしすぎた所為か往復で2時間も掛かってしまった。

新山分岐→伏拝岳

[8:12-8:26]新山分岐

新山の分岐の様子。右側が七高山で中央に新山。左側に見えているのが伏拝岳方面に続く外輪山上の道で、そちらの方面に向かいます。

こちらは反対側の麓の方面。七高山の山頂から見下ろした時と同様、広々とした樹海が広がっている。

分岐から少し進んだ所から新山鳥海山大物忌神社。辿ってきたコースが細い筋となってなんとなく見えています。

山頂に人の姿があったので望遠してみました。その直下にも多くの人の姿が……。

伏拝岳方面に進むと百宅口方面の分岐があります。当初の予定では矢島口ではなくこちらから登る予定でしたが、登山口である大清水にアクセスする林道が通行止めとの事だったので変更を余儀なくされました。

分岐から百宅口方面のルートを見下ろす。こちらも深い緑に覆われている。ちなみに左側の少し開けた山間の平地はコースの名の由来となった百宅の集落が存在した場所で、2028年竣工の鳥海ダムの水底に沈む予定となっている。

すぐ下の所には唐獅子平避難小屋が見えました。百宅口から登った場合はこちらの小屋での宿泊を予定していました。

外輪山である七高山伏拝岳方面に続く尾根と、中央に火口丘である新山という構図。如何にも火山って感じの風景が広がる。

周辺の草地の所にはイワギキョウが咲いていました。

以降は外輪山を辿って少しずつ標高を下げていきますが……月山庄内平野日本海を見据えながらのこの区間の歩きは特に風光明媚で、何度も立ち止まっては写真を撮っていた。故に中々進まない。

小さな起伏を乗り越えながら進んでいく。左下に見えるのは湯ノ台口方面に残る万年雪で、その奥にはその登山口となる湯ノ台温泉が見えています。

角度が変わり見え方も少し変わってきた新山鳥海山大物忌神社

尾根をトラバースする箇所もありますが道は良い。景色も勿論良い。

外輪山の道の様子。下り一辺倒ではなく何度か小さな登り返しがある。

ハシゴの登り返しが現れました。この付近の起伏は特に険しい。

ハシゴ場を見上げた所。その基部に行者岳と書かれた看板が立っている。

ハシゴ場前からこれから歩いていく外輪山の道を覗き込む。奥に見えるのは空ではなく海原。

ハシゴを越えた先は再びなだらかな道になります。眼前に広がる庄内平野日本海が圧巻。

こちらは反対側の新山、七高山の方面。いつの間にか背中側となっていました。

広場のような所から再び新山方面を臨む。千蛇谷に向かって大きく切れ落ちている。

庄内平野方面の展望。右の起伏の奥に続くものが伏拝岳です。

庄内平野から月山、葉山方面にかけて望遠してみたもの。朝日連峰は既に雲に覆われかけていますが、蔵王は若干霞みながらも依然としてよく見える。

伏拝岳が近付いてきた所。特に目立ったピークという訳ではなく、沢山ある起伏の一つという印象。

伏拝岳のすぐ手前の所には石仏が立っていました。

再び新山方面に振り返ったもの。先程立ち寄った鳥海山大物忌神社も随分と遠くになってしまった。

伏拝岳→文珠岳→七五三掛→御田ヶ原

[8:55-9:06]伏拝岳

湯ノ台口方面のコースの分岐となる伏拝岳に到着。少し下の所にコースが通されていて指導標もあるのですが、適当に歩いてたら知らぬ間にコースを外れてしまい、三角点がある場所まで来てしまった。

これまでの外輪山の歩きでは登り下りが続きましたが、伏拝岳以降は一段低くなっているので西側、御田ヶ原笙ヶ岳方面の展望が特に優れています……これから歩いていく道程が全部見えていますね。

山名、というよりは地名入りの写真。ゴールの遊佐の市街地も見えていますが、まだまだ途方もなく遠い。

新山を単体で。その手前の山肌の所を千蛇谷経由のコースが通されています。

新山鳥海山大物忌神社の望遠。神社の背後には丁度、七高山が見えます。

鳥海山大物忌神社新山を更に望遠してみたもの。なんだか遠目に見ると模型のようにも見える。

こちらは西側方面の展望。象潟から金浦、仁賀保羽後本荘といった町が並び、奥には薄く男鹿半島が見えています。左側には御田ヶ原御浜小屋が見え、その右奥には鉾立登山口の駐車場も見える。

こちらは庄内平野の望遠、手前の吹浦の町から奥の終端部まで、殆ど端から端まで見えている。

更に望遠したもの。麓の家並みの細かい所まで見えています。下山先の遊佐の市街地は右下の辺りの少し大きな集落で、本日中にそこまで自らの足で歩いていく事になる。

伏拝岳から御田ヶ原、御浜、笙ヶ岳方面と御浜付近の望遠。すぐ背後には日本海が見える。

三角点のあった場所から少し下りコース上に復帰しました。周辺は休憩している人で賑わっています。

美岳の山頂看板。分岐の指導標も兼ねている。

伏拝岳以降は文珠岳、七五三掛方面に向かって大きく高度を下げていきます。標高が下がってきた為か、周囲の草木も心なしか高くなってきたような。

深々と抉れた千蛇谷を見下ろす。新山七高山はこの頃になると既に結構な距離感に。

道端で咲くハクサンフウロ。アルプス等で見かけるものより赤色が濃い気がします。

文珠岳手前の植生の切れ目辺りからの展望。2つある雪田の左には河原宿小屋、右奥には月山森のピークが見えています。

外輪山歩きも終盤となる頃。振り返った鳥海山の姿は一つの大きな山のような纏まりを見せていました。

進む先の道の様子。右奥に見えている鳥海湖も徐々に近付いてきた。

鳥海山と、その火口から流れ落ちるかのように続いている千蛇谷

大物忌神吹浦口ノ宮のある吹浦の町が見えたので望遠してみました……吹浦口ノ宮実はこの年の年始頃に訪れていたりする。

手前に月山森、千畳ヶ原、笙ヶ岳、月山湖。奥には庄内平野日本海という構図。右に人が見える辺りが文珠岳のピークです。

[9:29-9:35]文珠岳

文珠岳の看板が横倒しになった場所に到着。ここもピークと言うよりは小さな起伏の上といった雰囲気の場所でした。

登山口から登り始めた人が集中する時間帯のようで、小休止する方々で賑わっていました。

文珠岳から新山、七高山方面を臨む。標高差は200m程ですが、かなり高い所に見えます。

こちらは反対側。これから向かう御田ヶ原笙ヶ岳へと続く稜線と、庄内平野日本海が見える方面。

更に進んだ所からの風景。左側には広々とした千畳ヶ原が眼下に。

ここまで下ってきた頃には御田ヶ原との間の鞍部が見えてきました。随分歩いたような気がしますが、麓はまだまだ遠い。

振り返り新山、七高山、伏拝岳方面。以降は一気に下ってしまうので、鳥海山がこのように近い所に聳える形で見られるのはこれが最後となりました。

文珠岳以降の下りの様子。やや巻き気味に標高を下げていく。

千蛇谷方面のコースとの分岐に到着しました……この日は土曜日という事もあって人が続々と登ってくる。

分岐から千蛇谷コースを臨む。こちらも鳥海山登山におけるメインのルートで、新山を目指す場合においては外輪山コースよりもこちらの方が短いです。

分岐点のベンチで休憩する人々。こういう賑やかな雰囲気の登山も偶には。

分岐から更に下っていきます。標高的にもかなり下がってきた為か、御田ヶ原を始めとした周囲の山々が殆ど同じくらいの高さに見え始める。

後程歩く御田ヶ原から笙ヶ岳までの稜線を眺めつつ先に進む。

[9:59-10:04]七五三掛

木道の終端部で七五三掛に到着……数日前に歩いた六十里越街道でも同名の集落がありましたね。由来は「しめかけ」という名前の読みそのまま注連縄が張られていた場所とされています。

ちなみに六十里越街道の方の七五三掛の近くの注連寺には月山湯殿山の遥拝所が置かれ、以降の区間は女人禁制であったりと一つの区切りのような場所でもありました。この鳥海山七五三掛も同様に修験道等の信仰上何かしらの区切りや境目とされていた場所だったのでしょう。

七五三掛の付近は開けており、新山や麓の風景を臨む事ができます。古びた社も残っていますし、ここもまた遥拝所という位置付けの場所だったのでしょうか。

七五三掛から新山、そして下ってきた斜面を見上げる。

以降は笙ヶ岳方面まで緩い起伏が続きます。

人の姿の耐えない賑やかな道中。大荷物を担いでいると目立つのか、月山の時と同様「どこから来てどこまで行くのか」と、行く先々で突っ込まれる。

左側には蛇石流れと呼ばれる谷筋。登山道はその横を高巻きするように取り付けられている。

御田ヶ原との間の鞍部と登り返しが近付いてきました。左側に見えるだだっ広い草原地帯は外輪山からも見えた千畳ヶ原

正面に御田ヶ原。以降は暫く散策路のような雰囲気の道となります。

歩いてきた道を振り返る。最後の方は石段状の道でした。

[10:18]御田ヶ原分岐

御田ヶ原との間の鞍部に到着。ここから鳥海湖千畳ヶ原方面に向かう道が分岐しており、以降は鳥海湖等の周辺の散策目的の軽装の方が多く見受けられました。

御田ヶ原の登り返しの途中から鳥海山を眺める。左側のピークが新山で、右側から奥の方に続いているのが外輪山。あの上を辿ってきたという事になる。

御田ヶ原付近は開けていて、特に鳥海山方面の展望は圧巻でした……なんとなく北アルプス双六岳東側(滑走路とも呼ばれる)から臨む槍ヶ岳と雰囲気が似ている。

辺り一帯にはハクサンイチゲが豊富に咲いていました。全体的に荒涼としていた外輪山歩きから打って変わって、以降はいくらか高山植物の植生も豊かに。

更に進んだ所から鳥海山を振り返る。こうして見ると均衡の取れた良い山容です。

御田ヶ原→御浜小屋→笙ヶ岳

[10:29-10:40]御田ヶ原

分岐から登り返した先の御田ヶ原のピークに到着。扇子森という別名あるらしく、地図ではそのように表記されています……なんとなく森が付く方がこの付近のピークの呼び名としては相応しいような気がしますが。

御田ヶ原から鳥海山方面の展望。原と付いているようにピークは非常に平坦でだだっ広い。

こちらは後程通る笙ヶ岳方面の稜線。位置が変わった事で、また少し見え方が変わってきました。

御田ヶ原から下った所にある御浜小屋を見下ろした所。背後に広がるのは青空ではなく海原で、僅かにさざ波が立っているのが見えます。

ここでも写真撮影をお願いされたので、お返しに鳥海山をバックに撮って頂きました。

御田ヶ原から少し進んだ所でようやく鳥海湖の湖面が見えてきました。こちらは元々は火口で、そこに雨水や雪解水が溜まって現在のような湖が形成されたという。

鳥海湖を眺めながらの歩き。先にある御浜小屋も徐々に近付いてきた。

ここでもハクサンフウロが咲いていました。

小高くなった所から御浜小屋を見下ろす。そこから先も暫くの間、なだらかな稜線が続いている。

秋田県側の日本海沿岸部と鳥海山の方面を振り返った所。左側の少し下の方に見えるピークがこれまで何度か見えていた稲倉岳で、尾根はこの付近から伸びている。

一つ前の写真の左側には象潟口の登山口である鉾立の駐車場や立山が見える。こちらは近隣の吹浦口と同様にバスが乗り入れており(シーズン時の土休日のみ)、鳥海山では数少ない公共交通を利用してアクセスできる登山口となっている。

[10:51-10:59]御浜小屋

御浜小屋に到着。この時間帯からの新山の登頂は厳しいようで、一帯は主に鳥海湖周辺の散策の方で賑わっていました。

人の姿の多い御浜小屋周辺の様子。

御浜小屋から鳥海山、鳥海湖を臨む。いい感じのロケーションの山小屋です。

御浜小屋から稲倉岳方面。鉾立へと続く道は手前の鳥居から左の方に向かって伸びている。

御浜小屋から更に先に進むと鳥海湖越しに鳥海山を望めるポイントが……火山にはやはり湖が似合う。

若干位置を変えて同方面。風光明媚な眺めです。

こちらはこれから向かう笙ヶ岳方面の稜線。奥から順に笙ヶ岳、笙ヶ岳二ノ峰、笙ヶ岳三ノ峰と緩やかなピークが並んでいる。

鳥海湖の湖畔近くにも道が続いています。そこまで距離はないので立ち寄ってみても良かったのですが、この日は行程が長いので断念。

[11:15]鳥海湖分岐

その鳥海湖の湖畔へと続く道の分岐に到着。笙ヶ岳方面に続く緩やかな登り返しが近付いてきた。

鳥海湖方面の分岐から僅かに進むと吹浦口の登山口となる大平への分岐があります。多くの方はこの辺りまでの周回のようで、分岐点となるこの場所で休憩している人の姿も多い。

分岐から笙ヶ岳方面。先程遠目から見た通りの緩い起伏。登り返しは大した事はなさそうです。

大平方面の分岐から歩いてきた道を振り返る。この付近から臨む鳥海山もいい感じです。

分岐から笙ヶ岳方面へ進みます。地図上に岩峰と記載された最初のピークの付近は尾根筋ではなく巻道が通されている。

トラバースの途中から鳥海山方面の展望。手前には鍋森というピークがあり、その奥には先程見えた鳥海湖がある。

最初の笙ヶ岳三ノ峰の登り返しです。鞍部からの標高差は50mくらい。

登っている途中から振り返った所……昼近くとなり雲も上がってきましたが、もう十分に堪能できたのでまあ良いかなと。

笙ヶ岳三ノ峰のピーク上から鳥海山を臨む……単一の独立峰という事で正直あまり期待していなかったのですが、尾根歩きのような風景の所も幾つかあり歩いていて楽しい山でした。

次なるピークである笙ヶ岳二ノ峰が見えてきました。以降はなだらかというより殆ど平坦に近い。

途中の鞍部から笙ヶ岳三ノ峰、鳥海山といった並び。

鞍部近くには池塘がありました。この辺りは景色も良く、笙ヶ岳まで足を伸ばす人も多いみたいです。

池塘近くの高山植物ハクサンイチゲウメバチソウ

これまで何度も見かけているオヤマリンドウ。

笙ヶ岳二ノ峰からの展望。左には先程越えてきた笙ヶ岳三ノ峰が見え、中央左には鳥海山、右には笙ヶ岳と続く。

平坦な道が続く笙ヶ岳までの尾根歩き。

笙ヶ岳までの途中、小さな池塘越しの鳥海山

笙ヶ岳の手前という所で一気に雲が上がってきました。間もなく正午という時間帯、ここまでよく持ってくれた方でした。

笙ヶ岳→ガラ場→山ノ神

[11:51-12:20]笙ヶ岳

今回の登山における最後のピークである笙ヶ岳に到着。山頂は広くなだらかで、丘のような雰囲気の場所でした。鳥海山方面の展望は草木が生い茂っていてあまり無いですが、頭の方だけ少し見えています。

こちらは西側、雲が無ければ日本海が見えていた方面。いつの間にかここまで雲が増えていた。

西側や庄内平野方面に開けた所からの展望。月山が雲間から辛うじて見えましたが、他は何も見えない。

最後のピーク……という事で、居合わせた方に写真を撮って頂きました。

笙ヶ岳から長坂道経由で麓まで下ります。笙ヶ岳までは鳥海湖方面から足を伸ばしてくる人も多く賑やかだったのですが、ここから先の区間は人の姿は少なく笙ヶ岳の直下で一組とすれ違ったのみでした。

長坂道の様子。しばしば視界がガスで覆われる事も。

雲の境目の所に朧気に見えている尾根筋を辿っていきます。鳥海山の登山道の中では若干マニアックな長坂道ですが、道は比較的よく整備されており歩きやすい。

笙ヶ岳を見上げる。これまでのコースと違い、視界に人の姿が入る事は皆無。

少し下ると雲が流れてくれて再び庄内平野方面の展望が臨めるようになりました……まだまだ遠い。

ガスに包まれたのは一過性のものだったらしく、鳥海山も再び姿を現してくれました。山頂の新山との標高差は既に1,000m近く、殆ど見上げるような形に。

整った形のハクサンフウロ笙ヶ岳を出発して暫くの間は森林限界が続き、高山植物もちらほら咲いています。

歩いてきた笙ヶ岳方面の道と鳥海山を振り返る。もう完全に雲から抜けていました。

長坂道というだけあってひたすら長い下り坂が続く。笙ヶ岳が1,635mで麓の長坂口が168mなので、1,500mもの下り坂です……最終的には更に海抜ゼロメートル近い遊佐駅まで歩くので、殆ど標高の数値そのものを下る事に。

谷合に見える赤い屋根の建物は万助口コースの万助小屋鳥海山からと庄内側を結ぶコースは幾つかあり、こちらもその一つ。長坂道と違って無人とは言え小屋があるので、それなりに人気のコースらしいです。

鳥海山とその望遠。右の写真、中央左の岩の塊が最高峰の新山

時々鳥海山を振り返りつつ下っていく。長坂道を選んだのは尾根伝いなので景色を楽しみながら歩けるのではと思っての事でしたが、ほぼ予想通りの好展望の道でした。

鳥海山庄内平野。道は概ね刈り払われている。

眼下に見える庄内平野も僅かですが近付いてきたような気がします。

森林限界を下回ったのか徐々に周囲の木々の背丈が高まってきた……風の通らない道となり暑さもそこそこ。そう言えばまだ9月の上旬、夏の盛りであった事を思い出す。

アブも結構な数が飛び交っていましたが、トンボが多いので無傷で済みました。ありがたや。

若干開けた所から庄内平野を臨む。

ガラ場の分岐手前のこの場所を最後に展望が途切れます。十分満足でした。

[13:39-13:48]ガラ場

万助口コースとの連絡路が分岐するガラ場に到着。ガレ場のような名前の印象とは裏腹に岩一つ見当たらない。

引き続き長坂道を下ります。道中にはちょっと茂り気味の場所も所々。

以降は鬱蒼とした樹林帯となるので最後に青空を仰ぐ。一日停滞した甲斐もあり、この日は終始好天でした。

樹林帯の中は空気の流れが無く蒸し暑い……そしてこの辺りから蚊の姿が増え始める。

地図上に記載のある堅餅岩下の水場。沢沿いという事で風がある為か、この付近は蚊が少なかったので小休止。

[14:40]長坂道十字路

沢との合流点から少し歩いた所が高瀬峡、そして万助道方面に向かう分岐点。ここでもそのまま道なりに通過していく。

この付近は数日前に歩いた六十里越街道を凌ぐ程の猛烈な蚊のコロニーでした……二の腕に5匹並んで止まっていたのを見た時は流石にぎょっとした。逃げるように小走りで駆け抜けていく。

木漏れ日降り注ぐ苔むした沢沿いの風景。写真で見ると雰囲気の良い場所ですが、実際は蚊の多さにそれどころではない。左の木橋を渡っている最中に何箇所か刺されました。

終盤は沢沿いを歩いていきます。この付近も殆ど走って通過。

長かった長坂道の下りも気付けば殆ど下りきっていたのか、平坦に近い道となっていました。

山ノ神→長坂口→遊佐駅

[11:51-12:20]山ノ神

長坂道の実質的な登山口である山ノ神に到着。入口前には駐車スペースが設けられており、付近にはトイレや水場があったりと至れりつくせり……ですが、止まっている車は1台のみと寂しい。

山ノ神からそのまま舗装路沿いに下っていきます。この付近も日陰で蚊が多かったので、走りながらの通過。

森の中に神社が建っていました。ここまで来ると人里は近い。

森を抜けた先に家並みが見えてきました。

[15:59-16:18]長坂口

長坂道の起点となる藤井集落に到着しました。出発地である鳥海荘が建つ猿倉集落以来の人里で、そこそこの規模の家並みがあります。

バス停も長坂口という名です。地図上には遊佐駅までバス路線が通じていますが、現在では完全にスクールバスとして機能しているらしく、町に向かう方面のバスは朝の1便のみ……故に歩くしか無い。

藤井集落は鳥海山の裾野の高台となった所に立地しており、町内の中心集落である遊佐とは150m程の標高差があります。

展望台のような所からの眺め……長坂道の長い坂道を歩いている間に随分と日が地平線に近付いていました。まだ若干距離がある為か、遊佐の町はまだ少し遠くに見える。

西日に照らされて反射した日本海の海面。

自販機があったので燃料補給。最後の舗装路歩きに備えます。

遊佐駅を目指して歩き始めます。駅までの道程は7km程と大した距離ではないですが、山歩き6日間の最終日の最後の最後なので足裏が結構しんどい。

広々とした田園地帯。やや傾斜があり棚田状に続いている。

振り返れば鳥海山。左手前が笙ヶ岳で、右奥の雲が掛かっている辺りが新山七高山です。

人通りの少なさは勿論、車通りも少ない地味な道を行く。

鳥海山と西日。少しずつ太陽が地平線に近付いている。

黄金色の稲穂が実った棚田と鳥海山。この辺りは庄内平野の北端部に当たる。

西日と田んぼ。夕刻の庄内の情景。

遊佐駅までの道程で途中幾つか集落の中を通過していきますが、こちらはその一つの野沢集落。周囲の集落の中では規模が大きい方で、中心部には火の見櫓や簡易郵便局が置かれている。

集落を抜けて再び田園地帯の中へ。新山を覆っている雲は未だ多い。

西日が赤く染まり始めた頃の鳥海山。この頃になると新山の雲は抜けてくれました。

田んぼの中の道を辿っていると次なる集落である中吉出の集落が見えてきました……その手前には何やら目を引く建屋が。

建屋は遊佐蒸留所という、比較的最近作られたというウイスキーの蒸留所でした。700mlで10000円台後半の高価格帯のシングルモルトウイスキーを中心に製造されているようです。ウイスキーは好きですが、これはちょっと手が届かないかな。

遊佐蒸留所の先の中吉出の集落を抜けていく。田舎の集落でよく見かける住居案内板も近年は急速に姿を消しつつある。

集落を抜け、鳥海山の山腹を水源とする月光川を渡る頃には太陽も地平線すれすれの所に。

日が沈む直前の鳥海山。やはり稲穂の実った田んぼがよく似合う。

遊佐鳥海山の湧水で有名な町で、道端には自由に汲める水場がありました。秋だというのにかなりの水量です。味も中々。

遊佐駅前通りを進んでいく。既に日は沈み、家々の陰影が深まっていました。

駅に向かう道すがらスーパーで食料調達。フルーツサンドで有名なスーパーらしいのですが、この夕暮時では一つ残っておらず、代わりに惣菜系の見切り品が幾つかありました。

日没直後の遊佐の町並みを歩いていくと程無くして遊佐駅が見えてきました……長坂道そのものも長かったですが、その後の舗装路歩きも長かった。

【移動】羽越本線で余目、鼠ヶ関へ

[18:23]遊佐駅到着

今回の鳥海山登山におけるゴールである遊佐駅に到着。月山鳥海山の登山という2つの大きな目的も達成、以降は多少の寄り道はあるものの帰宅の途となります。

入口の幟にある遊佐カレーというのが気になったのですが、時間帯的に既に店じまいしている様子でした。

駅前からは暗いながらも鳥海山のシルエットが確認できました……この日はあの山頂から歩いてきたという事になる。

駅舎内の様子。窓口も既に閉まっていました。

人気のない遊佐駅のホームで一人列車を待つ。まだ西の方の地平線に仄かに赤さが残っています。

ホームのベンチはなんだか少し変わったデザインでした。ここでスーパーで購入した草餅を腹ごなしに。ちゃんと原料の餅米は庄内産。

暫くしてホームに滑り込んできた酒田行きの電車に乗り込む。終点の酒田までは僅か3駅という短い移動です。

2日ぶりに酒田駅のホームに降り立つ。ここでもう一泊しても良かったのですが、そうなると殆ど翌日の移動が長くなってしまうので、この日の内に進めるだけ先に進んでおく事にしました。

乗り換え時間の合間に駅前へ。また駅前の居酒屋で海鮮丼でも調達しようかなと思ったんですが、今回は遊佐のスーパーで食事を購入してしまったので残念ながら。

羽越本線鼠ヶ関行きに乗り込み先へ進みます。

途中、陸羽西線の分岐駅である余目駅で下車しました。陸羽西線は沿線の道路工事の影響で3年間の運休が行われている最中で、新庄行きの代行バスはこの駅前を発着している。

最終の代行バスが走り去った後の静かな駅前風景。酒田程ではありませんが余目もかつては鉄道を軸に栄えた町で、ロータリーに面した所には古びた駅前旅館が今でも残る。

駅から少し歩いた所にある庄内町ギャラリー温泉町湯。偶には登山後の温泉を……という事で、こちらに立ち寄り。余目で途中下車したのもその為。

ギャラリー温泉と銘打っているだけあって内装は一風変わった作りです。町営だからか入浴料は手頃で、paypay15%ポイントバックのキャンペーンやっているのが地味に嬉しかった。

湯上がりのソフトクリームで火照った身体を冷ます。このソフトクリームも濃厚で美味しかった。

入浴後は余目駅に戻りますが、往路とは違い昔ながらのものと思われる商店街を抜けていく。既に寝静まったかのような雰囲気ですが、この日は土曜日という事で所々ある飲み屋からは楽しげな声が聞こえてくる。

余目駅からそのまま羽越本線で南下します。暫くして入ってきた鼠ヶ関行きが同方面の最終のようでした……終点の鼠ヶ関からは村上方面の始発列車が出ている様子なので、本日はひとまずそこまで移動する事に。

最終列車という事で空いている上、終点の鼠ヶ関まで約1時間とそこそこ纏まった時間があるので、ここで食事とします。

メニューは遊佐のスーパーで購入した牛丼にホッケのみりん焼、ひじき煮というラインナップ。それに加え、手持ちの日本酒(宝船浪の音と鳥海山)の量が減ってきたので酒田の地酒である『上喜元特別純米からくち』の4合瓶も購入しました。

牛丼に上喜元を合わせる。手作り感のある素朴な味わいの牛丼でした。

上喜元庄内地方に数多ある日本酒の中では割と知られている銘柄で、首都圏でも地酒専門店等で容易に手に入れる事が可能で、自分もこれまで何度と飲んだ事あります。

こちらはからくちと謳っている通り日本酒度プラス12という数値ですが、思ったより甘味やノビが感じられます。勿論、数値通りのキレも存在し、食中酒としては中々のものでした。流石は安定した銘柄です。

あと1時間で日付が変わるという頃に終点の鼠ヶ関に到着。列車は中線である2番線に縦列停車しており、ここで夜間滞泊して翌日の始発列車となるようでした。

次回記事『帰路、鼠ヶ関と胎内市内の史跡巡り』に続く

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